いたずら




嫌がらせを受けた。

教科書が破られていたり、
廊下ですれ違いざまに“ブス”と罵られたり、
ベタに校舎の裏に呼び出されたり。

ドラマや漫画などの創り出された世界にしか存在しないことだと思っていたことが、
まさか自分の身に降りかかってくるとは。
その時その時はただただ悲しくて仕方のないことだが、過ぎてしまえば傍観者のような感覚になる。

こんなことして、馬鹿みたいだと。

悲劇のヒロインになった気分なんてこれっぽっちもない。
私の成分の多くは、極めて卑屈な思考しか持ち合わせていない、ごく普通の女子高生なのだ。
地味で可愛くもない私に対して牽制しても、意味がないよと教えてあげたい。

彼は私のものではないし、私も彼のものではない。
あの日の放課後の出来事だって、きっと彼からしてみれば単なる悪ふざけに過ぎないのだ。
だけど、付き合ってもいないのにキスされたり抱き締められたりしたなんてことが彼女たちにバレた方が、
より一層恐ろしいことになってしまうだろう。
彼の行動の真相を問い詰めるわけでもなく、彼女たちに弁解するわけでもなく、
ひたすらこのほとぼりが冷めるのを待つのが一番の策だと自己完結した。


『お前、それ訴えてもいいんじゃね?』

国語準備室で意味をなさぬ白衣を着た銀髪の教師が、
レロレロし過ぎて煙の出ているキャンディを銜えながら、相変わらずやる気のない声で語りかける。
明日の授業で配るのであろう自習用の資料作りの手を止めることなく、私は極めて静かに答えた。

『別に命に関わることじゃないし。』

人の噂も七十五日だ。
女の子特有のいたずらは、少しずつ神経がすり減っていくだけで大打撃になるほどのものではない。
破れた教科書は読めないわけではないし、
“ブス”なのは自覚しているし、
校舎裏での暴言の数々は聞き流せばよいだけだ。

二人きりの部屋にはホッチキスの規則的な音が響く。

『俺だって本当はこんなこと言いたかないけど、立場上注意しなきゃいけないっていうかね?
こうなんつーか、これは風紀の問題だからァ。』
『へぇ、一応教師としての自覚はあるの。それは意外だわ。』

相変わらず厳しいねぇ、と傷ついた演技をする先生を無視して作業を続ける。
あっそう、と興味なさ気に(実際興味ないけど)呟くと、先生は下品な笑顔を浮かべた。
その後の言葉で、私の手は止まることになる。


『だって、青少年の不純異性行為はきちんと注意しておかなきゃいけないでしょ?』