いたずら
『…見てたの?』
一気に表情が変わる。
大方、俺がいじめについての話をしていると勘違いしていたのだろう。
まぁ、会話の流れからすると、そう考えるのが当然のことだろうが。
その様子があまりにも俺の予想通りで、面白くて。
神経を逆撫でするように、わざとおちゃらけて答えてやる。
『違いますぅ。たまたま見えたんですぅ。』
『悪趣味。』
『いや、放課後の教室でチューする土方くんのが悪趣味でしょ。』
『それもそうかもね。』
否定する気は毛頭ないらしい。
背中をこちらに向けたまま、呆れた口調で紙の束を積み上げていく。
ファーストキスを奪われ、
それを目撃され、
嫌がらせを受け、
その真意を突かれ、
それでもなお平静を装い続ける。
意地を張ることに慣れてしまった少女の心の内では、
もはやあの出来事は無くなったことになっているのかもしれない。
『土方くんと付き合うの?』
『まさか。』
素っ気ない返事のあとに、後ろからぎゅっと抱き締める。
『チュー抵抗しなかったのに?』
『あれは不可抗力。』
『満更でもなかったんじゃないのー?』
『さぁね。』
『冷たーい。教えてくれてもいいじゃん。先生との仲でしょー?』
『煙草臭いんだけど。』
どんな反応をするか結構楽しみだったのだが、案外普通に会話が成立しまい、正直つまらない。
動揺など微塵も感じさせない、凛とした姿勢。
あの日の教室での出来事との態度の違いが、少女の本当の気持ちを物語っている。
『さっさと認めちゃえば?そっちのが楽でしょ。』
『手に入れちゃったら、ずっと欲しいってわがままになっちゃう。そんな自分になりたくない。』
『だから、好きにならないってか?』
『だって永遠なんて、あり得ないし。』
『確かに永遠なんて存在しないけどね。』
今まで全くと言っていいほど動かなかった腕の中の紺色の襟が、ほんの少し震える。
おそらく永遠はあるよと、嘘でもいいから肯定してほしかったのだろう。
ここら辺はまだまだお子様だ。
ムカつくほどサラサラな真っ直ぐな髪を撫でながら、雁字搦めの心を解すようできるだけ優しく諭す。
『だから毎日毎日、大好きだって思い合うんじゃないの?それが永遠になるように。』
『…先生には珍しく、綺麗事ね。だけど、嫌いじゃない。』
『じゃあ、先生と付き合う?』
『猿飛さんを敵に回す勇気はないわ。』
肩の力が抜けた少女の隙を狙った冗談めいた軽い告白は、御尤もな理由であっさりと断られた。