深夜のHappy Valentine






『土方さんって、何にでもマヨネーズかけて食べれるんですか?』
『アァ?当たり前だろ。マヨネーズはな、何にでも合うように作られてんだよ。 辛いものにかければ、あのまろやかさにより辛さが和らぐし、 甘いものにかければ、あの酸味により甘さがより引き立つんだよ。 苦いものには、油分が舌に膜を張ってくれるおかげで苦味を感じる配分が減り、 しょっぱいものには、やはりあの酸味が効果を表すんだ。(中略) 特に炭水化物との相性は最高だな。』

あまりにも熱く語るので、正直途中何言ってたかなんて全然覚えていない。 というか、むしろどうでもいい。欲しかった答えは得た。
こいつは絶対“チョコレートにもマヨネーズをかける。”んだと。


物心ついたときから、バレンタインには毎年、隣の家のおじちゃんに手作りチョコをあげていた。 電話線接続会社の社長だったおじちゃん(実は高校生になって知った事実)のホワイトデーのお返しは、常に3倍返しだった。 そのことに味を占めた私は、“バレンタインは手作りチョコ”という偏ったイメージを持つことになってしまったのだ。 (いやそれだけじゃないよ。おじちゃんとは元々仲が良かったし、小さい頃からいろんなところに遊びに連れて行ってもらったりしていたのだ。) そんなこんなで私はバレンタインが近づくと、お菓子を作りたい衝動に駆られてしまう。
しかも現在、気になっている人がいる状況。折角ならあげたい。そう思うのが恋する乙女というもの。
だけど!
あげたいんだけど、この男だらけの環境にはいささか問題があるように感じる。

@気になる人にだけにあげる。→Sの王子にばれたら終わり。
Aカモフラージュのため全員に配る。→体力的にキツイ。
Bいっそのこと誰にもあげない。→なんだか精神的に虚しい。

ってなるでしょ?
で、どうしようか。


…。


まぁ、結局全員分作ろうと決めた。(悩んだ時間はわずか数秒だが。だって、やっぱあげたいじゃん!!) 人に差をつけるのはよくない。 300人分のチョコを作るために、料理番のおばちゃんに夜の台所の使用許可と材料を頼んだ。
『全員分作るって正気かい?!』
ってかなり驚かれたけど、もう一度決めてしまったことを止めたくない。(変に頑固というか、融通が利かないのだ。)
去年のバレンタインにサークル用にトリュフを50個くらいは作ったので、配分は大体その6倍といったところだろうか。 (さすがに一人一粒じゃ不憫だと思った。)
一晩で全員分を作れるなんて思っていないので、何日間かに分けて作った。 自分でも驚くくらい計画通りにチョコ作りは進行し、ラッピングまで期日内にしっかり終わった。 (何個かはココアパウダーでごまかした部分もあるけど。) このときほどチョコ作りに慣れていてよかったと思ったことはない。
ありがとう、おじちゃん!!
そして、調理する場とものを提供してくれて、ありがとう、おばちゃん!!


いざ当日。
大きな紙袋に、大量の小袋を詰めた。その小袋とは、2個ずつトリュフの入った、口を金色の針金で一つに縛った透明なセロファン袋だ。 ただのシンプルな袋じゃ味気がないので、リンゴや星のぷっくり浮かぶシールを貼った。 自分で言うのもなんだけど、なかなか可愛らしい仕上がりだ。

笑顔で受け取ってくれる人もいれば、少しかしこまった表情をしている人、 “なぜ俺に?”なんて不思議な顔をして受け取る人、表情が全く読めないけど受け取ってはくれる人、 “彼女いるから”なんてヘラヘラしながら受け取ってくれない人など、こんだけ人がいれば、受け取りようも様々だなと変に感心してしまった。
ちなみに山崎は『俺にくれるの?!嬉しいなぁ〜。』と垂れ眉をさらに下げて、ほんのり頬を染めて笑って受け取ってくれて、 近藤さんは号泣しながらチョコを受け取り、土下座までしてお礼を言ってくれた。
そんなにたいそうなことをしたつもりではないのだが、何ともいえない満足感が胸いっぱいに広がった。 全員分作るって、結構大変な作業だったけど、私のチョコでこんなに笑ってくれる人がいることを感謝すべきだと思った。


『沖田隊長!…って。』
声をかけた後に、少し後悔してしまった。沖田の部屋の前には、可愛らしい小包が所狭しと積み上げられている。 これ全部もらったとしたら、かなりすごくないか?やっぱりモテるんだなと今更ながら感心した。
『から話かけてくるなんて、どういう風の吹き回しでィ?』
『あぁ、バレンタインなので日ごろお世話になっている皆様にねぎらいの意味を込めてチョコレートを配っているのですが、なんか逆に迷惑そうですね。』
『くれ。』
『これ全部食べれるんですか?!』
間髪入れずに返ってきた言葉に、思わず吃驚してしまう。 こんだけの量のチョコレートを身体におさめてしまったら、健康に害を及ぼしかねない量だと思うのだが。 運動量が私とは違うし、若いし、きっと代謝もいいから私が心配することでもないかなと。 そんな心配性なおばちゃんみたいな、いわゆるお節介ごとを考えている私のことなどお構いなしに、 いつの間にか私の手から小さな袋を取り、トリュフを取り出し口に運んでいた。
『土方さんに比べれば、大したコトないでさァ。さっきも市中見廻りで、いろんな女から包みもらってやしたぜィ。』


そうだよね。よく考えれば、土方さんは私以外の女の人からいっぱいチョコレートをもらうわけで、 私のチョコレートはその中のたった一つで、 例えれば、砂漠の中の一握の砂と同じなわけで、海に落ちるたった一粒の雨と同じなわけで。 私にとってはちゃんと受け取ってくれるかなとか美味しいと笑ってくれるかなとか、そんな淡い想いを込めて作ったものだけど、 土方さんにとってはそんなちっぽけな存在にしかなれないのかもしれない。
そう思うと、何だか小奇麗にラッピングしたスイーツが可哀想に思えてきた。 何ウキウキ気分で作ったんだろう。何期待してるんだろう。
バレンタイン残り30分。
結局渡せず仕舞いのマフィンカップのガトーショコラ。 人に差をつけるのはよくないとか偉そうに言っておきながら、本命用にはちゃっかり焼き菓子を用意していた私。 折角上手くできたのに、行き着くところは大きな男の人の手じゃなくて、大きな私の胃袋の中か。 ガトーショコラにとっても、ゴミ箱に捨てられるよりかはよほど良い最期だろう。 ラッピングのリボンで指遊びをしながら、勝手にガトーショコラの運命を辿る。
ごめんね、私だって本当はこんな風にするために作ったわけじゃないんだよ。
これ以上ココにいると、いろいろと決心が鈍ってしまいそうなので、 贅沢にこの前の外出で買った紅茶でも飲もうと、湯飲みを乗せたお盆を片手に障子を開けた。 そこには会いたかったような会いたくなかったような、ガトーショコラの運命を握った男がいた。

『よう。』
『どうも。』

流石にこんな夜遅くに部屋に入れるのは倫理的に問題があるような気がしたし (別に身の危険を感じているわけではない。何せ彼は花町の女からチョコレートをもらうくらいなのだから、女には困っていないだろう。)、 それに障子一枚向こうには、渡したくても渡せない不運な最期を迎えようとしているスイーツが鎮座しているので、暖房器具などない廊下で対峙する。


『何で、俺の分だけねぇの?』
『何が、ですか?』
『とぼけんな。他の隊士がみんな浮き足立ってたぞ。“若い女からのチョコなんて久しぶりだー!!”ってな。』
『あら、それはわざわざ手作りした甲斐がありました。明日お礼を言っておかないと。ご丁寧に報告ありがとうございます。』
『おぉ。…って違うだろ。だから、俺のは?』
『別に、他の女性からたくさんもらっているだろうと思ったので、増えると処理が大変かなと。私なりの配慮ですが何か?』
『それは総悟にだって言えることだろうが。』
『彼には奪われました。』
『…。山崎だって。』
『あぁ、山崎くんには毎回お世話になっているので。』
『俺も世話してるつもりなんだけど。』
『押し付けがましいと嫌われますよ。』
『俺だけ仲間はずれみたいだろうが。』
『私のチョコレートは、土方さんの体裁のためのものではありません。』
『…。』


気まずい。正直気まずい。
無人の廊下は微かな息遣いすら正確に耳に届くほど静かだが、私の頭の中は忙しない劇が繰り広げられている。
“本当はあげたいんでしょ?せっかく本人が欲しいって言ってくれてるんだから、あげたらいいじゃない。”
“止めた方がいいよ。どうせあげたって、あのチョコの山に埋もれるだけじゃん。”
“今日はバレンタインだよ?あげなきゃ絶対後悔するって!”
“何にでもマヨネーズかけて食べる男だよ?一生懸命作ったのに、そんな風に食べられるの勿体無いって!”
“何のために作ったの?誰のために作ったの?本当にそれでいいの?彼にあげたいと思ったから、300人分作ったんでしょう?!”


『…マヨネーズかけないで、そのまま食べてくれるならあげてもいいですけど…?』

上手に笑えなくて、上目遣いなんてもってのほかで、俯いたまま拗ねたように発した一言。 結局私は変に頑固なので、始めに決めたことは曲げたくなかったようだ。 ほんの数秒の沈黙が、私の心臓の音に拍車をかける。

『お前の煎れた茶があるなら、それも悪くねぇかもな。』

口元だけでなく、目元も緩めて優しく笑う。(あぁ、だからその顔反則だって。) さり気なく私の手にあったお盆を取り、厨房に向かって進んでいく。
…なんでもらう立場なのに、そんなに偉そうなんだよ。
捻くれた私がぶつぶつ文句を言い出す前に、素直にさっさと渡してしまおう。 いろいろ愚痴をごねるのは、彼と一緒にお茶をしながらでも遅くはない話なのだ。 だって、私にとっては今からがバレンタインなのだから。


二人だけの、深夜のHappy Valentine!





******あとがき******
相変わらず名前変換少なくてすみません。
しかも名前読んでくれるの、土方さんじゃなくて沖田くんです。
私の中では、土方さんは人の名前あんまり呼ばない気がするのです。

書こうと思ってたバレンタイン夢。これもまた土方さん目線で書きたいな。