ちょっと遅めのTea Time





『土方さんって、何にでもマヨネーズかけて食べれるんですか?』
『アァ?当たり前だろ。マヨネーズはな、何にでも合うように作られてんだよ。 辛いものにかければ、あのまろやかさにより辛さが和らぐし、甘いものにかければ、あの酸味により甘さがより引き立つんだよ。 苦いものには、油分が舌に膜を張ってくれるおかげで苦味を感じる配分が減り、しょっぱいものには、やはりあの酸味が効果を表すんだ。 (中略)特に炭水化物との相性は最高だな。』

いかんいかん、マヨへの愛が大きすぎてこんなに発言することになってしまった。 で、なんでそんなことを聞くんだと質問しようとしたら、何か気難しい顔をして帰って行った。


『土方はん、これもらってくださいな。』
『あの、ずっと見てました。もらってください!!』
行きつけのスーパーのレジ員、以前捜査でお世話になった店の店員、顔も知らない町娘、 近藤さんの女のいる店のキャバ嬢、正直受け取るのを躊躇ってしまうほどの迫力ある顔のオカマ。
あぁ、今日はバレンタインか。
毎年、その日になってから思い出す行事だ。しかも、一年のうちで最もマヨネーズの消費量が多くなる時期でもある。

『…今年も順調ですね。副長。これ、山崎さんから預かってた紙袋です。どうぞ。』
『…あぁ、わりぃな。』
山崎の準備のよさに感謝する。両手に抱えきれなくなった贈り物を、大きな紙袋に詰めながらなんだか憂鬱な気分になる。 もらって嬉しくないとか迷惑だなんてそんな贅沢言うわけではないが、人間には許容量というものがある。 そして持って帰ることのできる包みの量も、腹におさめることのできるチョコレート菓子の量も、 気持ちと物品によるお返しの量も、全てにおいて限界点というものが存在するのだ。
持って帰るために去年はパトカーまで出したし、腹におさめるために近藤さんや他の隊士に手伝ってもらったし (流石に捨てるのは勿体無いというか、相手に対して悪い。彼らは俺に対して嫌そうな顔をしながらも、 何だかんだでほとんど全てのチョコを食べてくれるのだ。)、お返しをするために毎年、 女が好みそうな小物屋で冷やかされながら品物を買う。
ここで思うのは、せめて渡すのなら包みや手紙に名前を書き添えていて欲しいということだ。 毎回、主を調べるのも大変なのだ。結局身元が分からず仕舞いのチョコレートもたくさんある。 一方的な好意というものは、一つや二つまでならまだしも、こんだけの量の好意を一人で抱えるにはかなりの精神的重労働だ。

ふと、あの女の姿が頭に過ぎる。
『バレンタイン?そんなの私には関係のない行事ですね。何浮かれているんですか?』
こんな可愛気のないことを冷めた笑顔で言いそうな女だ。
は誰かにチョコレートを渡すのだろうか。渡すとしたらどんなチョコレートなのだろうか。 奮発して高級チョコ?ネタ的にチロルチョコ?それとも手作りのチョコ菓子?どんな顔をして渡すのだろうか。 頬を染めて?上目遣い?いつものあの澄ました顔?
そんな表情を見るのも、受け取る相手も自分だといい。そんな都合のいいことを考えた。


『何だ、それ。』
『何ってチョコレートですよ。』
『んなもん見りゃわかる。そんなんもらって浮かれてんのか。』
『毎年たくさんもらってる副長にはわからないっすよ。それ、さっきの見廻りでもらったんですか?』
羨望のような嫉妬のような、実に複雑な顔をして紙袋を指差す平隊士A。
『知らない女からもらっても、ありがた迷惑だろうが。』
溜息をつきながら右手を肩の位置まで上げ、その重さに気持ちまでも重くなる。 高級チョコやら、芸術品かと思えるほど綺麗に包装された箱やら、中には手紙を添えているものまでさまざまだ。 バレンタインの贈り物は、女どもの自己満足の産物だと思う。 名前も知らない、顔も知らない女からもらっても、実感など全くわかない。 本当に欲しいのは、惚れた女からのチョコレートであり、そして気持ちなのだ。数があればいいのではない。問題は質だ。

『これくれたの、知り合いですもん。』
『へぇ、そりゃよござんした。』
『女中さんからもらったんです。』
『おばさんからもらって喜んでんのか?!』
『違いますよ、あの新しく入ってきた料理番の子です!!』
マジでか?
『同じ年ごろの子からもらえるなんて思ってなかったから、嬉しいなぁ。 普段意識してなかったり、正直タイプじゃなくても、こういうサプライズあるとドキッとしますね。』
うっとりした眼で口元はだらしなくヘラヘラしながら、トリュフの入った袋を掲げる平隊士A。
なんか腹立つ。
俺の欲しい唯一つの贈り物の贈り主を、タイプじゃないとか意識してないとか、お前にそんなこと言われる権利ねぇよ。 (これで“実は好きだったんです。かわいいですよね〜。”とか言われても、それはそれで腹が立つんだろうな。 意外と独占欲が強いのかも。)
『いちいち自惚れてんじゃねェよ。お前だけじゃなく、みんなもらってんだよ。』
『ひぃっ!!』
『総悟、脅すな。』
『土方さんの心を代弁してあげただけさァ。』
いや、全くその通りだけれども。
『頼んでねぇよ。』
はぁと息をつけば、いつの間にか平隊士Aはすごい速さでこの場から逃げ去っていった。
『何でィ。土方さんはまだもらってないんですかィ?』
『お前はもらったのか?』
『頬染めながら上目遣いでくれやしたぜィ。なかなか良い眺めでした。』
あまりにも総悟が誇らしげに自慢するので、感情のままに頭をはたいてしまった。
『いてぇな、何しやかんでィ。』


バレンタイン残り30分。部屋で一人で待ちわびている自分。
何で来ねぇの?もしかして俺の分がないとか?…いやいや、全員分あるのに俺の分がないっておかしくね? そんなに俺にチョコ渡したくないとか?…いやいや、俺そこまで嫌われてねぇし。
…。
終わりの見えない自問自答にしびれを切らした俺は、長く長い廊下を他の隊士の迷惑も考えず、感情を抑えることなくドタドタと闊歩した。


『よう。』
『どうも。』

丁度お茶でも淹れに行くところだったのだろうか。 白い寝巻の上に白い小花のついた辛子色の羽織を着て、湯飲みが2つほど乗るくらいの丸いお盆を持っていた。 盆の上に乗せられた湯飲みの数が一つだったことに安心する。(よかった。部屋に俺以外の誰かがいなくて。)

2月の夜、冷たい廊下で立って話すのはあまり乗り気ではないが、深夜に年頃の女の部屋に入ろうとするほど無神経ではない。 (本当は部屋に入りたいけど、信用を失いたくない。一応男と女だから、そこら辺は注意しとかねェと。 逆に入れられたらそれはそれで嬉しくもあるが、俺以外の男も入れる可能性があるとも睨める。それは絶対に許せねェ。断じてありえない。)


『何で、俺の分だけねぇの?』
『何が、ですか?』
『とぼけんな。他の隊士がみんな浮き足立ってたぞ。“若い女からのチョコなんて久しぶりだー!!”ってな。』
『あら、それはわざわざ手作りした甲斐がありました。明日お礼を言っておかないと。ご丁寧に報告ありがとうございます。』
『おぉ。…って違うだろ。だから、俺のは?』
『別に、他の女性からたくさんもらっているだろうと思ったので、増えると処理が大変かなと。私なりの配慮ですが何か?』
『それは総悟にだって言えることだろうが。』
『彼には奪われました。』
『(総悟のヤツ、何が快くくれただ。)山崎だって。』
『あぁ、山崎くんには毎回お世話になっているので。』
『俺も世話してるつもりなんだけど。』
『押し付けがましいと嫌われますよ。』
『俺だけ仲間はずれみたいだろうが。』
『私のチョコレートは、土方さんの体裁のためのものではありません。』
『…。』


惨めだな、俺。そんで、やっぱりこいつには口では勝てねぇわ。
妙な敗北感を感じながらも、この沈黙をどう破ろうか模索していると、眼の前の真っ黒な頭がすっと手元の盆に向けられる。


『…マヨネーズかけないで、そのまま食べてくれるならあげてもいいですけど…?』


…もしかしてこいつ、マヨネーズに嫉妬してたのか?
濡れるような黒髪から除いた白い耳が、ほのかに朱く染まっている。
本当は上目遣い期待してたけど、俯き加減で口を尖らせながら拗ねたような声でこんなかわいいことを言ってのける。
あー、ちくしょう。可愛いな。なんだよ、そんなこと気にしてやがったのか。

『お前の煎れた茶があるなら、それも悪くねぇかもな。』

思わず抱きしめたい衝動に駆られたが、その手は盆を持つために使った。 思わずにやける口元と高鳴る鼓動を正常値に戻そうと、足を早め平静を繕う。焦っても良いことは何もないのだ。 バレンタイン終了まで残り数十分だが、二人で過ごす甘い時間は、これからが始まりなのだから。


2人だけの、ちょっと遅めのTea Time!




******あとがき******
欲しいって言うことを思いつかない男と、あげると素直に言えない女。

前作のバレンタインの土方さんVerです。
今更な感じですが、折角だからUPしたくて。