Laugh away



第0話 4月1日



4月1日といえば、そう、エイプリルフール!

ですが、
私のような新社会人にとっては入社式。

大手企業であればその日一日が、社長のお話や企業の沿革、研修内容の発表についてだったりで潰れてしまうのだけど。
私が就職した小さな出版社には“入社式”なんてものははなっから存在しないようで、

『早速だけど、そいつの原稿受け取ってきな。』
『は?』

ってな具合に、しょっぱなからお仕事なようです。


編集長兼社長の登勢さんは、スナックのママのような井手達をしていているがとても人情深く、
大手の出版社ばかり受けて挫折ばかりしていた私を拾ってくれた。
売り手市場と言われていた時代はたったの2,3年で終わり、あっという間に就職氷河期に突入してしまい、
私の就職活動は思うようにうまくはいかなかった。

全社員総勢3人しかいない登勢出版は、正直売れない小説家さんやまだ世の中に出ていない新米の物書きさんを発掘していて、
会社自体の収益はそんなにない。
そんな厳しい中で編集経験のない、使い物にならない私を雇ってくれたというのはとても有難いことだ。
できる限り、奉仕したい。


『まぁ変わってるが、悪い奴じゃない。とっつきにくくはあるかもしれないが、あんたならうまくやれんだろ。』

そう言って、デスクの上にひらっと捨てるように放たれたのは一枚のメモ。
信頼されているのか、ただ面倒な人を押しつけられただけなのか。
面接と内定の時と、今まで2回しか会ったことがないのに大丈夫なのだろうか。
登勢さんは私のことを一体どのように評価しているというのか。
よく分からないが今は従うしかあるまい。

『はい、それでは行って参ります。』
いろいろ疑問はあるが、尋ねたところで”自分で考えな”とあっさり返されてしまいそうなので荷物をまとめて出かける準備を済ませる。
カラカラと年季の入った引き戸を開けて外に出れば、桜の花びらが私の門出を後押しするかのように舞っている。
登勢さんから渡されたメモに書かれたペンネームは、なんともふざけた名前で、一体どんな人なんだろうかと考えずにはいられない。

『…なんか不安だ。』
口に出すと余計に増してしまうこの感情。
とりあえず会ってみなければ分からない。
人生初のお仕事、無難にこなしてきましょうか。

颯爽と歩きだした私には、希望とか期待とか、いわゆる明るい未来に対する前向きな意気込みみたいなものはなくて、
とりあえず与えられた仕事をこなそうという意志だけで満たされていた。




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