月光



★ピッタリの真相



なんとさんは着物が着れないと言うのだ。
江戸の若い女性で着物着れないって、どういうことだ?
不思議に思ったが、とりあえず同性の人に頼むのが妥当だと考え、急いで厨房に向かう。
これも任務遂行のためだ。

しかし、夕食の準備で忙しい女中さんは俺の相手など一切しない。
みんな冷たすぎるよ!
項垂れながらこの旨をさんに伝え丁寧に謝れば、さんも俺以上に丁寧に謝った。
謙虚な人だ。
俺の上司にもこの謙虚さを分けてあげたい。

どうしても着付けをさせなければならない俺は、自分が着せようかと提案した。
イヤらしい意味は全くない。
…とは言い切れない。

土方さんにこてんぱに殴られたり、罵声を浴びせられるのは絶対イヤだ。
俺は痛みより、恥を選択した。
正直口走ったことを後悔したが、そんな俺の落ち込みよう(?)を見て同情してくれたのか、さんは快く承諾してくれた。
あぁ、よかった。
俺がこのとき、心の奥底から安堵したのをさんはきっと知らないだろう。
副長のお仕置きって、本当に手加減ないんだよ!

流石に下準備をしている所を見てはいけないだろうと、ジャケットに手を掛けるより前に廊下に出た。
その間、俺は長襦袢や腰紐を何本か持ってきた。
女物の着物は俺自身、潜入調査などで何度か着たことがある。

なるべく意識はしないようにと思ったが、長襦袢を着るよう伝えた後、いきなり羽織っていた着物を脱ぎ出したので焦った。
その反面ラッキーだと思ったのも事実だ。
なんだかんだ言っても、思春期の青年。
そしてこの男ばっかりの環境。
生で若い女の人の肌を見て感じる機会など滅多にない。
抗体があまりない俺の顔の朱はなかなか引く気配がない。
しかし、さんが堂々と構えていてくれたので、俺の気恥ずかしさもゆっくりではあるが冷めてきた。
いろんな経験を積んできた大人の女性なのかもしれない。
出来た女だと感心した。

着付けをしている間も、俺のさんに対する印象はプラスの方向に大きく上昇した。
敬語を使わなくてもいいと言ってくれたり、着付けに関して褒めてくれたり。
正直かなり俺らは親密になれたと思う。
俺に至っては、名前で呼べるようになったし。
さっきまでの恥ずかしさも紛れて来た。

でも、なかなか二の腕の白さが頭から離れない。ふとした瞬間につい思い出してしまう。
表面には出さないよう努力していたが、内側では迫り来る誘惑と葛藤していた。
意識しなようにするとは、簡単なようで難しいものだ。

なぜさんはあんなに平然としているのだろう。
年下だから、”弟”のようなものだと認識されているのかもしれない。
それなら俺も”姉”と言う目線でさんを見ればいいんじゃないか。
そう思うと、何だか楽になった気がした。
が、着付けを完成させるまで、俺への挑戦は続く。

腰紐で結んだウエストは、折れるんじゃないかと思うくらい細かった。
伏せたまつげは黒く、濃く、そして長かった。
サラサラの黒髪からは、ほのかに甘い香りがした。

いかんいかん、俺にはまだしなくてはならない任務があるんだ!
さんはお姉さんだ!俺はさんの弟なんだ!

そんな意味の判らない理屈を、何度も何度も反芻した。
着付けを終えたさんは、スーツのときとは違う女性のように見えた。
女性って着る服によって大きく化けると、改めて実感したわけだ。

着付けの際に視覚的に捉えた情報と、この手で読み取った感覚を元に、俺は最終ミッションを遂行する。
さんが着物の着映えに集中している間に、買出し係の女中さんに下着のサイズを書いたメモを渡した。
このミッションが成功したかどうかは、きっとさんしか知らない。



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