Laugh away



4月1日B



やばい、この人苦手だわ。
きちんと応対しなければと、脳は現状を的確に把握して“笑顔を作れ!何か気の利いたコメントをしろ!”と命令を送り続けているのだが、
生憎口元は上手にそれを受け取ってくれない。
あははと乾いた笑いしか出てこない私を、“折角だから中入るアル”と、状況をいまいち読みこめていない少女が部屋の中へ誘導する。


今にも抜けそうなほどギシギシと軋む板の上をお構いなしに大胆に進む彼女の一歩一歩が、私は怖くて仕方がなかった。
だが、この間のおかげで呆れとか怒りとかちょっとしたイラつきが、床への心配に変わったのでよく言えば気分転換にはなった。
なので、あくまで心の中でだが感謝をしておいた。

細い廊下の先にはこれまた年季の入った襖があって、それをこれまた気持よくスパーンッと開けた彼女は、
『ここに座るアル。』と言って、これまた風情のある(必死で言葉を選んだつもり)緑色のソファを指差した。
案内された8畳ほどの洋室には2つのソファが、長方形の座卓をはさんで向い合せに配置されていた。
今回私は“お客”という立場なので『ありがとう、』と会釈をし、入口から見て奥の方のそれに腰をおろした。
少々ほこりっぽいソファには弾力など全くなくて、私のお尻は深々と沈んだ。
ソファのわきには、犬用の餌をいれるプラスチックの皿
(ちゃんとした名前があるのだろうけど、あいにく私は犬を飼ったことがないので知らない)が見える。


『銀ちゃん、私定春の散歩に行ってくるヨ!』
そう言う彼女の横には、いつの間にか白クマのように大きな犬が。
ソファにところどころついている、この白い毛は彼のものであったかと納得した。

『おー、あんま遅くなりすぎんなよ。』
『子供扱いすんなヨ。私、歌舞伎町の女王ヨ!』

会話になっていない会話を終え、彼女はリードとごみ袋とスコップを持って、先ほどと同じように思いっきり襖を開けてバタバタと外に行ってしまった。
“天真爛漫”
この言葉がすっぽり当てはまる子だな、と思った。

子どもではないと言っていたが、彼女は一体先生の何なのだろう?
もしかして恋人?だとしたら先生はロリ??
いや、別に非難をしているわけではない。人の性癖に口を出すわけではないのだから。
いやいや、なんて変な妄想をしているんだ。きっと親戚の子とかいう落ちなのよ。

気づけば、向かいのソファで一家の主らしくどっしりと構える彼の右手には、ペンネームの由来であろう紙パックのイチゴ牛乳。
客の前だというにも関わらず、ガラスのコップに注ぐつもりなど毛頭ないらしく、直に口をつけてグビグビと喉を鳴らして飲んでいる。

下品だわ。
いいお家に育ったわけではない私がこんなことを思うこと自体が失礼に値するだろうが、何となくそう思ってしまった。
男らしい飲みっぷりと、丸いフォルムのイチゴの絵が描かれた紙パックは、非常に不釣り合いに見えた。
自分から行動するのもなぜか面倒で、何かを発することもできず、ただ彼を見つめているのも気まずく、
私は意識を浮遊させながら彼からのアウトプットを求めていた。



top

back next