月光



★第8話 局長命令?



沈黙を破ったのは、なんと調書の彼だった。

『身分証明書の認定・発行にはかなり時間がかかりますよ。
さんがそうしたくても、現実的には難しいと思われます。』

怖ず怖ずとしながらも、はっきりとした口調で私より現実的なことを言った。


うん、なんとなくそうかなぁとは思ってたんだけどね。
人生トントン拍子にうまくいくなんて、ありえないよね。
身分がないとお金を借りても、家を借りれない。
どーしたもんかなぁ。

一人で悶々と考えていると、ムワッとしたオーラと共に鼓膜を激しく震わせるような声が聞こえた。


『働く場所がないなら、うちで働けばいいじゃないか。』


漫画と全く同じようなノリで、新選組局長である近藤勲は豪快に言い切った。

いつ・どうやってこの部屋に入ってきたの?
私には不思議で仕方なかったのだが、周りは大して驚いていないようだ。
もしや日常茶飯事?

いや、路上生活も嫌だけど、見知らぬ土地で一人で暮らすのも抵抗あるけど、
こんな男ばっかりの環境で暮らすのは無理だ。
正直免疫がない。


『若い女の子がいれば、屯所が活気づくだろう!!ガハハ!!』


そんな理由かよ!と思わず突っ込みそうになったところをぐっとこらえて、どう断ろうか必死に考えた。
が、こんな馬鹿げたこと土方さんが承諾するはずがない。
いくら近藤さんを慕っているとはいえ、この意見に同意することはないだろう。
ほら、見るからに複雑そうな顔してる…って笑った?!


『…悪くねぇなぁ。』


いかにも悪巧みしてますって顔で、土方さんは私を上から下まで値踏みするように眺めた。
なんかその視線、とっても嫌なんですけど!!


『攘夷の可能性があるからこそ、俺の目の届く範囲に置いておく。』


ボソッと呟いた一言は、私の耳の中に錘をつけて落ちてきた。
土方さんは私を信用しているわけではなさそうだ。
確かに、何処から来たかも定かではない女を自分たちの懐にいれるのだから、警戒はすべきだろう。
彼の判断は間違ってはいない。

はっきり言って、この世界の江戸の未来など知ったことではないのに。
まぁ、そんなこと口が避けても言えないけどね。

タダ飯、タダ宿、いい男尽くし。悪い条件ではない。
男には…、きっと慣れる、慣れる。みんなが恋愛対象になるわけじゃあるまいし。


『一緒に働こう、ちゃん!!』

大きくてゴツイ手、眩しい笑顔。
この瞬間、新選組の男たちがこの人に惹かれる理由が、なんとなく分かった気がした。
だって私も、惹き寄せられるように右手を差し出してしまったから。

『よろしくお願いします。』


そのとき、私はこっちに来て初めてちゃんと笑ったと思う。
こうして私は新選組で働くこととなった。



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