月光



★第9話 私の部屋



取調室から出た私を案内してくれたのは山崎だった。


目を泳がせながらも、
『始めまして、山崎退です。』
と丁寧に頭まで下げて挨拶してくれた。

なんて真面目な好青年なのかしら!
垂れ眉で、土方さんが隣にいるせいかちょっとオドオドしてるところがたまらない。

です。これからお世話になります。よろしくお願いします。』

できるだけかわいく笑って手を差し出せば、彼は目じりにしわを寄せてはにかんで、私の手を取った。
ヤバイ、この子かわいすぎる。

今にもニヤケそうな私に、土方さんは氷点下100度のまなざしを降り注いでいた。
気付いてないと思ってるかもしれないけど、あなたの視線痛いくらい突き刺さってますから。


その後、土方さんと近藤さんは早足で長い廊下を歩み、奥のほうの部屋へ消えていった。


屯所の長い廊下はニスがところどころはげていて、
何度も拭いても落ちないのであろう、丸いシミが点々と闘いの跡を残していた。
黒いような紅いような。
その色がとてもリアルで、ここが生死と隣り合わせの状態に立っている男たちの家なのだと痛感させられた。


そんな思いの中、つま先を見ながら一歩一歩足を進めていけば、やけに床がギシギシと軋む。
できてかなりの日数が経つのか、それとも私の体重のせいか。

『鶯張りにしてるからちょっとうるさいんですけど、気にしないで下さいね。』

まるで私の心を読んだのかと思うくらい、いいタイミングで山崎は廊下の説明をした。
そんなに分かりやすい顔してたのかなと、ちょっと後悔した。
氣を使わせてしまったことが申し訳なかった。
きっと私の方が年上なのに。
だけど彼の職業柄、人の表情の変化に敏感なのかもしれないなと、ふと思った。
私は『そうですか、ならよかった。』と当たり障りのない返事をした。

その際に目に入った空はとても紅く、この廊下の傷跡とよく似ていた。
久しぶりに頬に感じた風は、とても柔らかかった。


何の会話もなく、山崎の後をついていくこと数分。

『ここがさんの部屋です。』

そこは4畳半ほどの和室だった。
畳を丁度敷き替えたばかりらしく、部屋一面に広がる青臭い草の香りがツンと来た。
墨で描かれた桜の華のふすまを開いてみれば、そこは予想通り押入れで、真新しい布団がワンセット入っていた。

『こんなにいい部屋、私が使ってもいいのですか?』
『あ、はい。ここは元々空いてたので、気にせず使ってください。
この部屋も誰かがいた方がきっと嬉しいと思うし。』

ニコッと笑った彼の笑顔がとてもさわやかで、若いなーと心から思ってしまった。
いかんいかん、またニヤけてしまいそう。


『あ、これ。着替えです。
スーツは皺になると困ると思うので、夕食の前に着替えた方がよいかと。』

彼の手には、ハンガーが数本と桔梗色×白の矢絣着物と赤葡萄色の帯があった。
私はお礼を言い、それらを受け取った。
あ、かわいい。
薄手だけど、表面にちょっとだけ凹凸があって光沢感もある。
襟に手を差し込んでみて、光にあててみた。
裏地はついていないが、透ける心配はなさそうだ。
帯の裏地には、ピンク地に梅の模様が入っている。
男ばっかしかいないのに、結構凝ってるなぁと感心した。


『では、夕食の時間になったらまた呼びに来ますね。
そのときに、さんを他の隊士たちに紹介します。
それでは、失礼し『待って!!』


廊下に面した障子へと、足を進めていた山崎を慌てて呼び止めた。
彼は少し驚いていたようだが、笑顔で振り返り、私の言葉を待っていた。
そう、私はすっかり忘れていたのだ。


『あの、私、着物着れないんですけど…。』



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