月光



★第10話 提案



『えーっと、手が空いてそうな女中さんを呼んできます。』
『す、すみません…。』


山崎は慌てて部屋を飛び出していった。
なぜあんなに焦る必要があるのか、私にはよくわからなかったが、もしかしたらこの後大事な仕事があるのかもしれない。
悪いことをしてしまったなぁと反省した。


改めて部屋を見渡してみた。
畳の上には家具も何もなく、私の就職活動用のカバンだけが無造作に頼りなく倒れていた。
就活用のカバンは”独り立ち”できないといけないと言われているので、私のは失格だ。

前方は壁、後方も壁、右手に廊下、左手に襖。
昔の家なら襖を挟んで部屋が連なっているイメージがあったのだが、この部屋は独立しているようだ。

少し開いている障子の隙間から中庭の様子を見てみれば、ほんのり黄色に染まったダケカンバが数本並んでいた。
こちらの世界も秋なのだろうか。
地面には落ち葉がカサカサと小刻みに踊っていて、それらをかき集めて焼き芋作りたいと、ぼんやり思った。
朱色の太陽の温もりと体温よりも冷たい風が、私の理性を崩していく。
遠くから聞こえるカラスの声も、今の私にとっては少し乱暴な子守唄だ。
山崎が来るのがもうちょっと遅かったら、私は確実に眠りに堕ちていた。


『あの、今夕食の準備でみなさん忙しいらしくて…。』
しゅんとした様子で、山崎は私に報告した。

そんなにしょげる必要ないのに。悪いのは着れない私なんだから。

『あぁ、それじゃあ仕方ないですね。頑張って自分で着てみます。お手数かけました。いろいろありがとうございます。』
いまいち思考が働かない頭ながらも、丁重にお礼を言った。それが礼儀というのもだ。
『いえいえ、俺の方こそ役に立てなくてごめんなさい。』
丁重さでは彼のほうが私より勝っているらしい。
顔の前で大きく手を振って、その後少し項垂れながら謝って。
そして、顔色を窺うように上目遣いで私をさり気なく見つめる。
目線がかち合うと慌ててそらす。
本当にかわいらしい。いちいち私のツボに入る少年だな。


さて、これ以上彼を見つめていると妄想が止まらなくなりそうなので、ここら辺で視点を変えねば。
自分で着るとは言ったものの、正直どうしたらいいのかさっぱり分からない。
とりあえず、たたまれた着物を広げてみたが、羽織った後一体どうするのだろう?

『あの、着物ってどっちが上でしたっけ?』
『…俺でよかったら、着付けしましょうか?』
『えっ。』
『あっ、別にいやらしい意味はないですよ?!』

真っ赤な顔で必死に言い訳?しているその姿がまたかわいらしくて、悪いと思ったけどついつい笑ってしまった。
さんがよければですけど…。』
尻すぼみに小さくなっていく声は、先ほど言ったセリフを後悔しているように感じさせた。
一応シャツの下に黒キャミは着てるし、ズボンは着付けてもらってから脱げばいっか。


『山崎さん、着付けお願いできますか?』


そう言った私に向かって、戸惑いながらも微笑んでくれた彼の頬がほのかに赤かったのは、
燃えるような夕焼けのせいにしてあげよう。
そんなことを思いながら、私もまた微笑んだ。



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