月光



★第12話 優しい時間



『あぁ、お騒がせしました。』


ちょっぴりピンクに色づいた頬を、人差し指でポリポリ掻いて山崎は立ち上がった。
この仕草は漫画やテレビでもよく見る。癖なのかな。


『いいえ、私の行動が軽率でした。
着付けのことも、私ができればこんなに苦労をかけることはなかったし。申し訳ないです。』

私も立ち上がり、山崎と目線を合わせた。
そして、できるだけ深く頭を下げて謝った。

『いえいえいえいえ、俺の方こそ落ち着きなくって申し訳ないです!!!』

手をブンブン振りながら、目を泳がせて落ち着きのない様子で山崎は口を動かす。
その動きを止めた瞬間、眉をひそめてこう言った。

『あ、あのー、お互い様ってことで、気にしない方向で行きませんか?』
あまりの切り返しの速さに驚いたけど、この謝り続ける状況から脱出したかった私は
『それもそうですね。』
と笑って返した。


少々場が和やかになってきた気がしたので、私は山崎と会ってからずっと気になっていたことを言った。

『山崎さんは隊士なんですから、おそらく女中として働くであろう私に敬語を遣わなくても大丈夫ですよ?』
『あ、じゃあさんも敬語抜きでいいですよ?俺、堅苦しいの苦手なんで。
“山崎さん”って正直こしょばいゆいから、付けないでも大丈夫。』

へらっと口角を上げて、肩の荷が下りたようにほぅっと息をついた。
その表情を見て、間違った提案をしたわけじゃなくてよかったと安心した。

『じゃあ私もって呼んでください。そっちのが仲良くなれた気がして嬉しいんで。』
『あ、早速敬語。さん。』

あっと思わず口元を手で覆ってしまった。
その様子を見て、クスッと山崎が微笑む。
その場の空気がやんわりとしたものへと変わった。
少し気を許してもらえたようだ。


それからの山崎は、さっきの姿からは想像できないくらい冷静に、かつ素早く私に着物を着せ始めた。
『ここ押さえてもらえる?』『あ、はい。』
こりゃ夕食の後、着直し決定だな。
腰紐を結ぶ箇所や身丈の確認の仕方、皺の伸ばし方など気をつけなければならないことはたくさんありそうだ。
一つ一つの作業がどれも一回見ただけで覚えられるだろうか…。


『慣れてるんだね。』
『へ?』
『女性に着物を着せるの。』

きょとんとしている。
そんな変なこと言ったわけじゃないと思うんだけどな。

『女性に着付けをするのはさんが初めてだよ。』
『マジですか?!』
『マジですよー。』
『…器用なんだねぇ。』

素直な尊敬の念はため息と共に静かにこぼれた。
さっきまでの表情が嘘のように、余裕綽々でおどけて対話をする山崎。
オドオドしてる山崎のがかわいくて好きだった私の心境は、正直なんだか複雑だ。

『帯、何結びにする?』
『え、どんな結び方があるの?』
『いろいろあるよ。角だしとか貝の口とか。あ、でも自分でやるには難しいかもなぁ。
蝶結びや文庫結びなら、すぐに覚えられると思うけど。』

一気に言われても全く分からない。

『じゃあ、蝶結びにしてもらおうかな。』
正直、それしか耳に残らなかったから。
『了解!』
そんな情けない私の心情を知ってか知らずか、山崎は口元だけで笑って見せた。
あ、その笑い方、上から目線でかわいくない!!



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