月光
★第15話 ご想像にお任せします
丁度沖田も夕食に行く予定だったらしく、微妙な空気の中、3人で食堂に向かう。
息をかけられた耳が、まだ熱を持っている。
『はいくつなんですかぃ?』
『21です。』
無表情かつ抑揚のない声で、沖田の方には目を向けず、行くべき道を見据えて応えた。
いきなり名前を呼び捨てにされて、照れくさくて私の心臓は大量の汗を掻いている。
取調べのときとも、着付けをしてもらっていたときとも違う緊張感。
意識しないようにしなくては。
きっと沖田はアタフタする私の態度を、見て楽しみたいだけなんだから。
サディスティックの王子の手には絶対乗りたくない。
と言うか、年下に遊ばれたくない。
情けない話だが、アルバイト先の中学生男子からもいい意味でバカにされている私は、
ここでもそんな扱いを受けるのはできるだけ避けたいのだ。
ここで私は沖田にいじめられないために、3つの“ない”を考えた。
@挑発に乗らない。
A過度なリアクションを取らない。
B弱点を見せてはならない。
この3つを守れば、私の未来は明るい…はず。
『何ブツブツ言ってんですかぃ?』
『ご想像にお任せします。』
よし、今回は沖田の方を見て、上手に笑えた。
細めていた目を開けてみると、鼻と鼻がくっつきそうなくらいの至近距離に、沖田の整った顔が。
『うわぉぅ!』
心臓が飛び跳ねて思わず後ずさりしてしまう。
顔近い!毛穴見えちゃう!!
この時点で私は、“3ない”の項目Aを破ってしまった。
『はイイ声でなくねぃ。』
『その表現、なんかイヤらしいから止めてくださいっ!』
ハッ、項目@破っちゃったぁ…。
項垂れる私に、オロオロする山崎、そしてケラケラと笑う沖田。
きっと端から見れば、かなり異様な光景だろう。
『食堂の前で何やってんだ、お前ら。』
その状況にツッコミを入れたのは、茶碗も大皿も小鉢も全部黄色のお膳を持った土方さんだった。
うわぁ、マヨネーズだらけ…。これでニコチン中毒って、メタボリックまっしぐらじゃない?!
そんなことを思ったのは、きっと私だけじゃないはず。
だって、あの量尋常じゃないよ?!
『土方さん、がいくつか知ってやすかぃ?』
『アァ?確か21だろ。と言うか、お前らいつから名前で呼び合うほど仲良くなったんだ?』
『出会ったときから仲良しこよしでさぁ。なぁ。』
ギロリと私を見る土方さん。
その視線の鋭さにいたたまれなくなった私。
『ご、ご想像にお任せします。』
『強要してんじゃねぇぞ。そんで、こいつはただの女中なんだから、いろいろなめてかかんな。』
『何言ってんですかぃ。俺がなめてんのは土方さんだけでさぁ。』
『総悟ォォォォォォ!!!』
ご飯のときくらい仲良くしたらいいのに。
あぁ、でもこれがきっとこの二人のじゃれ合いなのよね。
リバーシブルの愛情表現って、なかなかドメスティックだわ。
これまでの間にいろんな刺激を体験したので、私の神経は順調に抗体を造り始めたようだ。
いい感じに落ち着いてきた私は、山崎に食堂の利用方法や食事の時間帯を教えてもらい、夕食を注文した。
『個性的な上司を持つと、大変ね。』
『さん、ちょっと入ったこと後悔してるでしょ。』
言葉を選んでちゃかすように話しかければ、山崎は口を尖らせて私の今の心のうちを暴こうとしている。
私は運ばれてきたカキフライ定食を持って、眉を上げてひょうきんにこう返した。
『ご想像にお任せするわ。』
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