月光
★第17話 お仕事
新選組には隊士が300名ほどいるらしく(多すぎだろ)、潜入操作や張り込みをしている人以外、ほぼ全員の隊士が朝の食堂を利用する。
つまり、朝はありえないくらい忙しい。
昼や夜になると、市中見廻りや任務に出ている隊士や、行きつけの定食屋や居酒屋
(キャバクラなんかも含めてね。まぁ誰かとは言わないけどさ。)
がある人々もいるので、比較的楽になるのだ。
このような理由から、新選組の料理番は朝・昼担当と朝・夜担当とに分けられる。
私は朝・昼担当なので、6〜10時(朝食)・11時〜15時(昼食)の8時間が勤務時間だ。
ときどき破れた隊服の裁縫や、怪我した隊士の治療などもする。
これらは時間外労働だ。
基本的に休みは一週間に一回。私の休みは金曜日だ。
こっちの世界では使い物にならない携帯を、目覚まし時計として活用する。
起床時間は毎朝5時だ。
凍える身体を奮い立たせて起こし、温かい布団に未練を残しながら洗面所に向かう。
顔を洗い、トイレに行き、部屋に戻り、布団を畳み、着物に着替え、
ちょっとだけ化粧をし(就活用のバッグにメイク直し用として入ってた!ラッキー♪)、そんなこんなで5時45分。
太陽もまだ覗いていない寒空の下、ひんやりと冷たく長い廊下をひたすら歩く。
私の部屋は、生活スペースからかなり離れた場所に位置しているので、厨房に向かうまでに10分はかかる。
主な仕事内容は食器洗いと具材切り。
朝一番に厨房に出向き、ひたすら切る。切る。切る。
それが終われば、ひたすら使用済み食器や鍋を洗う。洗う。洗う。
朝の厨房は戦場とも言えるくらい気迫溢れている。
3分クッキングなんか比にならないくらい、みんな手際がいい。
できるだけ邪魔にならないようにと、気力だけで頑張る。
切った具材は、どこで調理されるかにより置く場所を選ぶ。
洗った後の食器類は、できるだけすぐに片付ける。
人がおらず暇なときは、他の料理番の女中さんの手の動きを注視する。
調味料の量、火加減、具材の入れる順番、料理によって一つ一つ覚えていく。
ほんの些細なことだが、やるのとやらないとでは全然違う。
ずっとこの仕事をしていくわけではないが、やるべきことはきちんとしたい。
と言うか、やらなければ気が済まないのだ
仕事に対する意欲あれども、職場環境が悪ければ威力は半減する。
有り難いことに、料理番の方々はみんな気さくで、私のことをたいへんよく褒めてくれた。
唯一怒られることと言えば、下を向くと落ちて来る、サイドに分けた真っ直ぐな髪くらいだ。
『ちゃん、料理に髪の毛入ったらどうすんの?!』
何度も注意を受けたが、生憎ゴムもピンも持ち合わせていない。
ダメ出しするくらいならくれよ
そう思ったが、円満な人間関係形成のためには、ある程度の我慢と相手との適度な距離間が必要だ。
塾講師のアルバイトをしていたときに、これらのことは良くも悪くもイヤと言うくらい経験してきた。
また、乾燥の気になる季節。
突き刺さるような冷たさの水を扱う作業に、私の手は悲鳴を上げ始めていた。
白い指の皺に浮かぶ真っ赤な境界線。
指の腹は、正月明けのお餅のようにパサパサ。
あぁ、手が身体で一番好きで、一番自信のある部位だったのに・・・・。
給料を受け取ったら、絶対ハンドクリームを一番に買おうと思った。
なんか色気ないな。
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