月光



★第23話 ッポイ



それから、私は吹っ切れたように働いた。
オコナインのおかげで、手荒れは以前より気持ち程度に良くなった。
白い食器の隙間を流れ落ちる透明な液体は、その色を変えることはない。

『綺麗に食べてくださって、ありがとうございます。』

私の手に冷やかしをした若い隊士にも、嫌な顔をせず私らしく接することが出来た。
と言うか、彼らに対しての不平は私にはなかった。
ただ言葉が痛かっただけで、彼ら自身への怒りや嫌悪は微塵もない。

人間は多面体だ。
長所ばかりの人間なんて存在しない。
どこかしら汚い部分、駄目な部分がある生き物なのだ。
彼らとの第一ステップで見えた所が、たまたま後者の方だっただけ。
そう、漠然とだが思うことができた。


今日は待ちに待った外出日。
少し肌寒くはあるが、風はないし、空も雲ひとつない快晴。

寝巻きから着替え、いつもより時間をかけて入念にメイクする。
久しぶりに文字盤の小さなシルバーの腕時計をつけて、出かけようと障子をスライドさせた。
目の前には木々が並んでいるはずなのに、見えるのは真っ黒な着流しの二枚目。

『お前、なんだ、その格好。』

なぜ土方さんが部屋の前に?
疑問符で頭の中はいっぱいだが、瞳孔の開いた眼とその剣幕に圧されてそんなこと聞ける状態じゃない。

『なんだって、スーツに決まってるじゃないですか。』
『それで買い物行く気か?』
『はい。』

それでって言われても、外出用の服はこれだけしか持っていないのだ。
仕方ない。

『…ちょっと来い。』
『へ?!』

しばし何かを思索した後、土方さんは私の右手首を掴んだ。
痛い!痛い!!
すごいスピードで黙々と突き進んで行くので、言い出せない。
どこに連れて行かれるんだろう?
行き場のない不安が胸をよぎったが、広くて大きい墨色の背中を見たらそんなこと、どうでもよくなった。
大きな掌と長い指が包み込む、手首と掌の境目がとても熱い。


『山崎ィィィィ!!!』
『っひぃ?!』

行き着いた先は、山崎の部屋だった。
ガットの調整をしていた手が滑り、綺麗な格子柄だったラケットの面がふにゃりと歪む。

『副長、せめて一声かけてから入ってくださいよ!!』
『アァ?!お前にプライバシーなんざねぇよ。』

むちゃくちゃだ。
おそらく、山崎の心にもこの言葉が浮かんだことだろう。

すごく悔しそうな顔で、ハープを操るかのようにガットの感触を確かめている。
その指の動きの優しさから、彼がどれだけバドミントンを愛しているかが伝わった。
半ば引きずられるような体勢で駆けてきた私は、未だに肩で息をしている。


さん、大丈夫?!』
『ハハ、何とか。』
さん連れて俺の部屋に来るなんて、一体どうしたんですか?』

うん、それ私もすごく気になる。
外出日に私の部屋の前にいたこと、私のスーツ姿を見て何か思うことがあったこと、いきなり山崎の部屋に連れて来たこと。
土方さんの行動は、不可解なことだらけだ。

ラケットを静かに卓袱台の上に乗せて駆け寄って来てくれた山崎とは対称的に、
顎で私を指した土方さんは、繋いでいた手首をパッと離し、山崎の方に私を放り投げながら偉そうに言った。


『こいつにマシな格好させてやれ。』
『『へ?!』』



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