月光
★第25話 スタイリスト山崎
『…。』
『…あの、じっと見られるのもすごく感じ悪いんですけど…。』
『…あぁ、わりぃな。』
山崎の部屋に入室してから一時間。
山崎の手により、私の着替えは無事完了した。
着物に合わせた帯は、何の模様もない真っ黒な地に、白と桃色で描かれた一輪の大きな牡丹。
着物にはツツジが全体に散らばっているので、帯にはこのワンポイントで丁度いい。
トータルバランスは、納得のいく出来映えだった。
『副長、さんすごく似合いますよね?』
『アァ?!』
『え、俺はかなりかわいいと思うんだけどなぁ。ね。』
『…ありがとう。』
思わず俯き、沸騰する頬の温度を下げようと、冷えた両手で顔全体を覆う。
山崎は相変わらず、こっちが聞いててかゆくなるようなことを平気で言う。
今まで外見についてあまり褒めてもらったことがなく、
元々外見に自信のない私は、その対応に未だ慣れない。
そのため、お世辞を言わせているようで居たたまれなくなるのだ。
こういうときに、素直に可愛く“ありがとう”と言える女の子が羨ましい。
山崎は私に着付けをしてくれただけでなく、ヘアメイクも施してくれた。
量も多く、色も黒くて全体的に重く見える髪は、後れ毛を出しトップでオダンゴにしてある。
その根元は、帯とお揃いの薄い桃色の小さな牡丹で飾られている。
目尻にはアクセントとしてネイビーのアイラインを、口元には紅を引き、その上にラメ入りのオレンジのグロスを重ねた。
山崎、あんた神だよ。
『着替えも済んだし、そろそろ行くか。』
『え、行くかって…。』
『女中は一人で外に出れねぇんだよ。』
『え?!じゃ、土方さんが…。』
『有り難く思え、俺が付き添いだ。』
私を瞳孔の開いた目で見下ろしながら、口の端を上げて笑って言う。
そんなこと全く聞いていない。
絶対口には出せないけど、有り難いと言うよりむしろ迷惑に近い。
開いた口が塞がらないとは、まさに今の私の状態だ。
『え、それって…。』
『なんだ、山崎。』
『いえ、何でもないです。』
2人のやり取りが耳に微かに入ってくるが、私の頭の中はこれからの不安で埋め尽くされていく。
ナプキンとか欲しいから、一人で買い物したかったのに…。
しかも買い物は単独派の私が、そんなに親しくない男と一緒に出掛けるなんて…。
いかん、いかん。
悪いことばっかり考えてちゃ、折角のオシャレもワクワクする外出も無駄になってしまう。
土方さんと一緒に買い物に行くことで、プラスになる事柄をピックアップしよう。
こんなに(顔の)イイ男の隣を独占できる。
(会話続かないから、気まずいだけかもしれないけど!)
絡まれたときとか安心。
(ナンパなんて生まれて此の方されたことないけど!)
道案内がいると買い物がスムーズにできる。
(あ、なんかこれが一番有り難い。土方さんじゃなくても大丈夫な事柄だけど!)
『おい、何ぼーっとしてんだ。時間ねぇんだから、行くぞ。』
『あ、はい。』
テンションが上がりきらないまま、まだ馴染んでいない草履に足を通す。
『いってらっしゃい。』
『行ってきます。』
玄関で心配そうに眉を下げて、へらっとした表情で見送りに来てくれた山崎。
手を顔の横でひらひらと揺らしている彼には、お礼に何か買って帰ろうと思った。
そして覚束ない足取りで、一抹の不安を抱えながらも、何も言わない無愛想な背中を追いかけた。
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