月光
★第26話 気遣い
『どこ行きてぇんだ?』
『薬局です。』
『これまた色気のねぇ場所だな。』
『では、どういった場所なら色気があるんでしょうか?
これから参考にさせてもらうので、教えていただけません?』
『・・・。』
極上の笑顔でそう問えば、苦虫を噛み潰したような顔を返される。
思い返すと、私と土方さんの会話の最後は、毎回必ず沈黙だ。
おそらく、というか絶対、土方さんが私に対して返す言葉がないからだろうけど。
この空気を感じる度に、気をつけなければなぁとは思うのだが、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
不思議だ。
山崎には多少大人しく演じてはいるが、自分らしく接することができているのに。
初対面が取調室の事情聴取だったから、そのときの強気姿勢から抜け出せないままなのかもしれない。
隙を見せてはいけないとか、淡々と話さなくてはならないとか、
そうゆう根拠のないmustが頭を支配しているのかもしれない。
警戒心って簡単に解けないものなのねと、一人で勝手に完結させた。
想像通り、会話が弾むことなどなく、二人の隙間をいろんなものが通過していく。
無機質に過ぎて行く時間、
割り込んでくる見知らぬ通行人、
見慣れない江戸の風景。
『…くしゅん。』
『おぃ、着いたぞ。』
『…マツモトヒロシ。』
CMなどでお馴染みの黄色の看板に黒字のゴシック体で、でっかくそう主張している。
こんなに目立つ看板に気付かなかったとは、よほどぼーっとしていたのだろうな。
ウィーンという機械音と共に両脇に寄る透明ガラスの自動扉から、店内に入り込む。
扉付近に置いてあった買い物カゴを片手に、リストに記した商品を入れていく。
化粧水、ハンドクリーム、ヘアゴム、ピン。
蛍光灯に白いツルツルの床。商品はカテゴリー別に綺麗に陳列されている。
どこに行くにもずっとついてくるし、何を買うのかじっと見てくるので、
なかなか本命の品を手に取ることが出来ない。
そいつを買わなければ、何のためにここに来たのかわからない。
このままでは埒が明かない。
もういい、意識しないことだ。
意を決して、ロイエと描かれた袋に手を伸ばす。
すると、
『…お前には“恥じらい”ってもんがねぇのか!』
『ありますよ、欠片くらいは。』
『だったら、俺の見ていないときに買うとか気遣い見せろっ!』
『それならば、土方さんも私がエチケット用品売り場へ足を伸ばしたときに、
何を買いたいのか類推し、その場を離れるなどして気を遣ってください。』
『〜〜っ!!!』
『どこ行くんですか?』
『気ぃ遣ってんだよっ!!!』
熟した林檎のように真っ赤な顔をして、ズカズカと歩く。
自動ドアから焦って出て行く後ろ姿を見て、苛め過ぎちゃったなと少しばかし後悔をした。
が、欲を言えばもっと早く気を遣ってほしかった…。
私だって、男の人の前で買いたいわけないでしょうが。
いろいろとうまく行かないものだなぁと、しみじみ感じる。
何だか虚しい気分のまま、新しくメンバーに加わった生理用品の入ったカゴを手に、レジまで足を運んだ。
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