月光
★第28話 毎度の余計な一言
『やっと見つけた。』
『…っ!!』
後ろから左肩をぐっと掴まれる。
その力強さに、思わずビクついてしまう。
『…何そんなにビビッてんだよ?』
『い、いえ。』
あの男を追って、知らぬ間に薬局から離れたところに移動していたらしい。
さっきまで私の背後に位置していた、ド派手な黄色い建物がない。
私が漫画の世界にトリップしてきたことを知っている人物。
なぜここに来たのかも、どうしたら帰れるのかも知っているかもしれない。
どのような連絡手段を持って私とコンタクトを取るか予測できないが、
あの男が全ての鍵を握っている可能性は高い。
人の群れの中心にいたので、邪魔にならぬよう道の小脇に連れられる。
こうやって端から見ると、江戸の人の多さに驚かされる。
黒髪、藍色の着物の目立たない私を、よくこんな雑踏の中から見つけ出すことができたものだ。
白髪、深紅の眼に残る人物すら見逃してしまうほどの、人の多さだと言うのに。
普段から攘夷などの極悪人の捜索しているから、見つけ出す能力に長けているのだろうか。
『勝手にどっかに消えんじゃねぇよ。』
『先に消えたのは土方さんじゃないですか。』
『あー、まぁそれもそうだが。できれば単独行動は控えろ。ここはお前が思うより危険な街だかんな。』
『ご忠告どうも。でも実際何もなかったのだから、問題ないでしょう?』
『あのなぁ、こっちはお前の身を心配して…。』
『?』
『…まぁいい。他に行きたいところ、あるか?』
『…特には。今のところはないです。』
言いかけの言葉って、すごくその真意が気になるんだけど。
少し怒気を含んだ声音だったので、無理やり聞いてもお互いのためにならないだろう。
私とは違い、言うべき言葉にきちんと分別をつけている。
こういった点は見習わないと、いつか本気でどやされそうな気がしてならない。
喉の一歩手前で押さえつけよう。我慢しよう。
本当は和物の雑貨などを見て周りたいのだが、土方さんを引っ張りまわしてのショッピングは楽しめそうにない。
些細な行動さえもジロジロ観察する視線が気になって、買い物どころではなくなりそうだ。
『…くしゅん。』
やっぱり寒いみたい。
日差しは柔らかく私を暖めてくれるのだが、風はなく私を痛く突き刺すことはないのだが、
なんだかんだでもう12月。
身を包む大気は、静かに私の身体から熱を奪っていく。
この季節にババシャツ抜きなのは、夏生まれの私としては厳しい。
しかも、髪をアップにしているため首周りも冷たい。
あー、マフラーと羽織が欲しい…。
土方さんを待っている間に、江戸の女の子のファッションチェックをしていたせいで、服飾系小物への購買意欲が高まっている。
淡い色だったり、小花柄だったり、素材が毛糸のざっくり編みのものだったり。
みんなが思い思いのコーディネートをしていて、心底羨ましかった。
ちらりと隣の男の格好を盗み見る。
胸元のはだけた、何の変哲もない真っ黒な着流し一枚。
顔とスタイルがいいと、飾らなくてもキマって見えるのね。くそ、これだから美形は…。
ひがみは置いといて、たったそれだけで寒くないのだろうか?
鍛え方が違うんだよとか、うんたらかんたら言われそうだから何も言わないが。(偏見だけど)
正直、見ているこっちが身震いしてしまう。
あぁ、何か着たいし、着せたい!!
『とりあえず、飯食いに行くか。』
『…それもそうですね。』
この寒さから開放されるために、丁度空いてきた胃袋を満たすために、その案に乗ることにした。
『何が食いたいとかあるか?』
『あったかいもの。』
『抽象的過ぎてわかんねぇよ。』
『そうですか?土方さんと私の心の通わなさは、具体的に象徴していると思いますけど。』
『…。』
あぁ、またやってしまった…。
何も言い返さない土方さんに甘えて、言いたい放題な私。
何の表情もない顔を見て、いい加減ブレーキをつけなければならないと痛感した。
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