月光
★第29話 溶ける
その後、私たちはごく普通の定食屋に入った。
『あっ土方さん!!いらっしゃいっ!!』
同じくらいの年頃のかわいらしい従業員が、極上の笑顔で駆け寄って来る。
新選組の隊士もよく利用するらしく、女性店員の何人かは土方さんに向けてピンク色の視線を注いでいた。
ここで優越感を感じることが出来るほど、私の肝は据わっていない。
いつか言ったように、私は小心者なのだ。
四人用のテーブル席に、向かい合わずに対角線上に座る。
『お前さぁ、俺のことそんなに嫌いか?』
こんな凡人な私が、新選組の色男の彼女だと勘違いされても困る。
マヨネーズだらけのカツ丼を美味しそうに食べている人がいたら、できればその人と知り合いだと思われたくない防衛心が働く。
何とか解して欲しいのだが。
『嫌いと言うより、苦手と言った方が適切かもしれません。』
『…お前、そうゆうことはもっとオブラードに包んで言えよ。』
『申し訳ありません。“正直”が私の長所でもあり、短所ですから。態度が分かりやすかったのならこれから気をつけます。』
『いやいやいや、今更だから。』
『私も質問していいですか?』
『おぉ。』
『土方さんは私のこと、まだ疑ってますか?』
『…。』
長い沈黙。
いや、時間単位にすると長くない。気持ちの問題だ。
私の質問に答えることなく、斜め前の男は黄色い物体のたくさんかかった丼の中身を消費していく。
あぁ、やっぱり聞かなかった方がよかったかな。
何となく視線をそちらに向けることが出来なくて俯いていると、
そのわずかな間に土方さんはカツ丼らしきものを食べ終え、私を真っ直ぐ見据えていた。
『…よくわかんねぇな。お前の勤務態度や隊士に対する姿勢が真摯過ぎて、どうしたらいいのかわかんねぇのが現状だ。』
『買い出しを見張りに来たのに、ですか?』
『そうゆう決まりだ。』
『思いっきり職権乱用ですね。』
『まぁ自覚がないにしろ、部屋に入れたってことからだいぶ信用してんじゃねぇの?』
『へ?』
『俺の部屋に入った女中、お前が初めてだしな。』
『…そうゆうのあんまり言わない方がいいと思いますけど…。』
『生憎、俺も“正直”なもんでな。』
余裕ぶった笑い。
ずるい。
このタイミングで年上の大人の男の顔をする。
ほんの小さな言葉。
全て信用されたわけではないにしろ、私のしてきたことは間違いじゃなかったんだと実感できた。
真面目に仕事と向き合う態度、諦めないこと。
前向きに取り組んできてよかったと、心から安堵した。
お盆の脇には溶けかけた氷がカランと音を立てる、水滴の付いたガラスコップ。
それはまるで肩肘を張って突っ張ってきたが、優しい熱で角が取れた私の心を示しているようだ。
自分のついでに、土方さんのコップにも透き通る液体を注いだ。
『おぅ、サンキュ。よく分かったな。』
『視線で何となく。』
『へぇ、なかなかやるじゃねぇか。』
『何を今更。』
『…。』
つい口から出てしまう嫌味っぽい台詞は簡単には直らないようだが、やっぱりこっちの方がしっくりくる。
澄ました顔をして、乾いた喉に潤いを与えた。
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