月光
★第31話 お土産
『折角だから、何か食べて行かれません?』
『へ?』
『お嬢さん、甘いもの好きでしょう?
狭いから分からないかもしれないけれど、中で食べる場所もあるんですよ。』
驚く私に向かって、優しくこう提案する会計のおばちゃん。
気付いてもらえたことが嬉しくもあるが、そこまで物欲しそうに眺めていたのかと思うと恥ずかしい。
その誘いに快く乗りたいが、生憎私一人の判断で許諾できるわけではない。
どう返そうかと模索していると、後ろから声が。
『おばちゃん、みたらし団子3本くれ。あと…。』
わずかに私に向けられる視線。
『えっ、あっ、栗入り大福…。あと、芋羊羹ください。』
『はい、承りました。お持ち帰りの品と一緒に席にお持ちしますので。さぁさ、こちらへどうぞ。』
人好きのする笑顔で、私たちを軽やかに案内する。
いいのかなぁと不安になりながらも、完璧におばちゃんのペースになってしまっている。
でもそれはおばちゃんのせいなんかじゃなく、結局は甘いものの誘惑に勝てない私のせいなんだけど。
店内の飲食スペースは確かにこじんまりとはしているが、なかなか風情のある造りになっていた。
こちらへどうぞと促された四角いテーブルの真ん中には、乳白色のアロマポットが置いてある。
通常アロマオイルが入れられるであろうお皿の部分には、苔色の茶の葉が小匙一杯分添えられていた。
お湯で蒸した茶葉の香りも良いが、燻された香りも心地よいものだと初めて知った。
アロマポットの下で燃える、蝋燭の火がとても柔らかい。
頼んだ大福と羊羹は、土から生まれてきたような独特の雰囲気を持つ楕円形の小皿に乗せられてやって来た。
お供は、織部けずりの湯呑みに入った濃い色の緑茶だ。
まだ口には入れていないが、その並んでいる姿を見るだけで、口元がシマリなく緩む。
幸せな気分に浸っている私だが、この状況を提供してくれた土方さんが満足しているかは謎だ。
しかも、先払いだった甘味代は、彼が何も言わずに支払ってくれたのだ。
『あの、いろいろありがとうございます。』
『何のことだ?俺が団子を食いたかっただけだ。』
私の方など見向きもせず、嫌って言うくらいマヨネーズをかけたみたらし団子を食していく。
台詞だけ聞けば粗雑な返答かもしれない。
だけど蝋燭の微かな明かりを浴びたときより、ほんのり赤みの差した頬を見れば、そんなの全く気にならなかった。
…素直じゃない人。
『ただお礼が言いたかったんですよ。』
ふっと自分でも驚くくらい優しい口調で零れた言葉に、土方さんは微笑みを返してくれた。
BGMなどなにもない静かな和の空間の中、今度はちゃんと向き合って食事をする私たち。
会話なんて何もないけど、不思議と沈黙なんて苦にならなかった。
“また”がいつになるかなんて全くわからないけど、“また”が存在するかどうかも定かではないけど、
またこんな風に二人でのんびりできたらいいなと思った。
(あぁ、なんかまた恋する乙女モードになってるぞ、私。)
食べることも話すこともないので、店の迷惑にならないようにそそくさと帰りの支度をした。
本当はかなり名残惜しいのだけれど、買い物時間も残りわずかなのでそうも言ってられない。
『ごちそうさまでした。甘さ控えめでとても美味しかったです。』
『まぁ、ありがどうございます。そう言ってもらえて嬉しいわぁ。』
綺麗に包装された山崎へのお饅頭を手渡しながら、これまたあの笑顔でおばちゃんはにこやかにこう言った。
『お兄さん、また彼女さんと二人で食べに来てくださいね。』
え?!何言ってんの?!付き合ってない付き合ってない!!!これどー見ても不釣合いでしょ!!!!
だけど”恋人同士に見えたんだ。”なんて柄にもなく喜んでる自分がいることも確かで。
そして、すぐさま否定すると思っていた土方さんが、何も言わずに会釈をしている姿を見て、
妙な安心感と変な期待を抱いている自分がいることも事実で。
(あぁ、なんかまたまた恋する乙女モードになってるぞ、私!!)
きっと居心地の良い環境と一緒に行動する人がかっこいいせいで、こうゆう錯覚に陥ってしまってるのだ。
だけど私の中には確実に存在するおばちゃんがくれた形に残るお土産と心に届くお土産。
それらは両方とも、とても甘美なものに違いない。
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