月光



★第34話 仮父娘



『今日もダメだった…。』
『…。』

もはやどうフォローしていいのか分からない。

屯所に戻る途中で近藤さんは意識を取り戻しはしたが、その頬と顎は青紫色に変色したまま。
まぁ、簡単に治るはずなんて毛頭思ってないんだけど。

『とりあえず、消毒しましょう?しみるかもしれないけど、我慢してくださいね。』
『…しみる。心に沁みるよ…。』
『…。』


逆に羨ましいものだ。
どんなに邪険に扱われても、諦めずに喰らい付いていくのだから。
彼にとって人を好きになることも、その人に好きになってもらうことも、全ての行為が真っ向勝負なのだろう。
私には足りない部分だ。

新選組の大半が毎日のようにお世話になる救急箱から、消毒液の入った瓶と綺麗なガーゼと湿布を取り出す。
真っ白な受け皿に消毒液を注ぎ、切れた唇の端の消毒のため、手触りの良いふわっとしたコットンをちぎって丸める。
皿のふちに置いたコットンは、あっという間に液体を吸い込み、柔らかさではなくしっとりさを表した。


スキな人…か。
ぽぅっと浮かんだのは、先ほどまで私の隣にいた無愛想な男の人。
もはや“…なぜ土方さんの顔が?”なんてベタなこと、考えまい。

確かに素敵な人だと思う。
抱きとめられた温もりも、頬にかけられたあの無骨な手も、たった数秒間だけど見つめ合ったあの瞬間も、
どれも思い出そうとすると胸が締め付けられて、熱い。
だからと言って、優しいからと言って、彼が私のことを好きだとか自惚れてはいけない。
その仮の優しさにつられて、彼を好きになることなんて出来ない。
恋愛として、簡単に人を好きになれない。


…だからこそ惹かれてしまうのかな。
人を疑わない、人を愛することを恐れない、自分の気持ちに正直すぎる彼の笑顔に。


『私は近藤さんの、そういう真っ直ぐなところが素敵だと思いますよ。』
『ありがとう、ちゃん。照れるなぁ。』

消毒液のツンとした臭いが、鼻腔に直に働きかける。
やはり少し沁みたのだろう。
彼ははにかんで笑いながらも、ほんの一瞬だが眉をひそめた。
申し訳ないと思いながらも、私は作業を続ける。


『だけど、その真っ直ぐさがときどき怖いです。自分の危険を顧みないこととか、すごく心配です。
時には自分自身を気にかけてあげてください。近藤さんは一人の男であると同時に、新選組の局長でもあるんですから。』
ちゃん…!!』

まさにじ〜んという表現がぴったりというくらい、近藤さんは私の台詞に感動していた。
(少なくとも私の眼には確実にそう映ったのだ。)

 消毒を終え、切れた傷口に小さく切ったガーゼをあてがい、テープで固定する。
頬の青あざには、治療法として良いのかはなぞだが、気持ち程度に冷湿布を貼って置いた。


『顔の腫れが治まらない場合は、貼り替えるのでちゃんと報告してくださいね。』

テキパキと道具を片して言えば、近藤さんは『こんな娘がほしいなぁ〜。』なんてしみじみ言いながら私の頭をひたすら撫でている。
その手があまりに優しくて、その表情があまりにも柔和過ぎて、嬉しいんだか虚しいんだか、私は思わず突っ込んでしまった。


『私、お妙さんより年上なんですけどね。』
『…なんで姐さんが年下だって、はっきり言い切れるんでィ?』



top

back next