月光
★第36話 意外な一面
あの後、何を思ったのか近藤さんは沖田に私を部屋まで送るよう指示した。
ちょっと、これまた斬り殺されそうになったらどうすんのよ、という私の心配をよそに、
当の本人は口笛を吹きながら廊下を颯爽と歩いている。
『ちょっと試してみただけでさァ。』
何の悪びれた様子もなく平然と言ってのけるその横顔を見て、もはや彼にされたことを咎める気にならなかった。
彼は正直だから、その言葉の裏にメッセージを吹き込むこともないし、ましてや嘘・偽りを言うなど決してないだろう。
何せ彼は“怪しい”と感じただけで、生身の人間の首に刀を向けるくらいストレートな男なのだから。
『試して何か分かりました?』
『
が近藤さんが大事にしてる女ってことくらいかねィ。』
『そうですか。』
沖田に対する私の疑いがうんぬんかんぬんの話では、どうもないらしい。
折角信用を得始めたのに、いろいろ失敗したなと後悔した。
名前を呼んでもらえたことに、少し喜びを感じたのも事実だ。
しかし、沖田から見れば、私は始めからただの土方さんを遊ぶ“道具”に過ぎないのかもしれない。
思い起こせば、沖田が私に突っかかってくるのはいつも土方さんが近くにいるときで、
口元だけで笑っていたのは私に対するからかいなんかじゃなく、土方さんの反応によるものなのではないかと、そんな仮説が過ぎった。
悲しいとも思うが、それはしごく当然の感情ではないかとも思う。
見知らぬ平々凡々の女が、いきなり働き出したのだ。怪しいことこの上ない。
自分にとって何の利益もあるわけではない。
新選組にとっても、沖田自身にとっても、プラスになることなんて私は何も持ち合わせていないのだ。
沈黙は苦にならないタイプなのだが、思考の読めない人間が黙って傍にいるのも居心地が悪い。
そんな風に感じていると、運よく部屋の前に着いた。
解放される。
“
”と名前を呼ばれ振り返ると、首の傷口に男にしては華奢な手が当てられた。
乾いて固まったそこをまた引っかかれるのかと強張った瞬間、消えそうな声が発したのは、『悪かった。』という一言。
聞き間違いかと、何かの冗談かと耳を疑ったが、その後何も反応がない。
逆光でどんな表情をしていたか、はっきりと見えなかったが、声音から反省の念が取れた。
あぁ、この人もまた不器用な人なのね。
おそらく感情を上手にコントロールできないから、気持ちより先に身体が動いてしまうんだ。
勝手ながらにそう分析した。
『私が沖田隊長の立場でも同じことをしたと思います。お気になさらないで下さい。』
私に危害を加えたのは他でもない、近藤さんにとってのマイナス要因を削除しようとする純粋な忠誠心からなのだろう。
精神的に未熟なうちから、命と隣り合わせの闘いの中に身を置いて来たのだ。
簡単に人を信用できるはずもない。
私は、新選組の人々に受け入れられるべきたいそうな人間ではないのだから。
自虐的な笑みを浮かべながら彼の手にそっと触れれば、ほんの一瞬だけど、
笑った、
ような気がした。
その顔は新選組の斬り込み隊長なんかじゃなく、18歳の少年、沖田総悟そのものだった。
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