月光
★第37話 オカン兼ダチ
『山崎くん、着物ありがとう。すごく助かった。あとこれお土産、口に合えば良いんだけど。』
『わぁ富士山のお饅頭だ!ありがとう!!って、さん、首どうしたの?!』
『あぁ、ちょっといろいろあって。でも全然痛くないから大丈夫。』
『女の子が何言ってんの!!さんは俺らみたいな野蛮人じゃないんだから、はやく治療しないと!!』
ほら、座って!と私を座布団の上に乗せ、手際よく手当の準備をする。
この過保護ぶり、まるでお母さんのようだ。
着替えを済ませ、夕食も食べ終え、ついでに言うとお風呂まで入ってスッキリした私は、一日の最後に山崎にお礼の品を私にやって来た。
目立たないくらい傷口は塞がっていたはずなのだが、よく気付いたもんだと感心する。
おそらくお風呂に入って循環がよくなったせいで、少し血が出ていたのかもしれない。
ズボラすぎだな、私。
自分のいい加減さにちょっと反省していると、山崎による手当てはとうに終わったらしい。
私が今日一日着ていた藍の着物は、綺麗にハンガーにかけられている。
首がもぞもぞするので触ろうとすると、『ダメです。』と爽やかな笑みで、やんわりその手を膝の上に戻された。
この山崎の笑顔は、ある種お妙さんと同じ属性な気がする。
笑ってるんだけど、笑ってないっていう表情。
圧力を感じた私は、目線を下に戻す。
私の前には象牙色の丸みを帯びた可愛らしい湯飲みに入った濃い色の緑茶と、お土産として買って来たお饅頭が二人分あった。
お饅頭の薄い皮の隙間から、中の漉し餡が垣間見えている。
美味しそう。
我ながら良い買い物をしたものだ。
食べてみたかったので、素直に嬉しい。
『私にまで、ありがとう。』
『いえいえ、俺の方こそありがとう。俺、富士山のお饅頭かなり好きなんだ。』
『そうなんだ、よかった〜。店の人に何が一番人気か聞いて買ったんだよ。』
『それにしても、よく甘味処の場所が分かったね。』
『あぁ、土方さんが連れて行ってくれたの。とっても感じの良いお店だね。はまっちゃいそう。』
もう少し付け加えて言えば、全てのメニューを制覇したい。
それくらいあの店の甘味は美味しかった。
『さん、富士山ってカップルの溜まり場って知ってた?』
『え?そうなの?』
なるほど。だからおばちゃんは帰り際にあんなことを言ったのか。
土方さんが否定しなかったのも、そのせいかもしれない。
いろいろ説明するのがきっと面倒だったんだな。
『さん、土方さんのことどう思う?』
『へ?カッコイイと思うよ。純粋に。』
いきなり何を聞くのだ。
内心かなり焦ったが、ここでしどろもどろして、頬を染めるような可愛らしい女ではないことは重々承知だ。
初めからその答えが用意されていたかのように、平然と答えてみせる。
『じゃあ、好きか嫌いかって聞かれたら?』
『人間としては好き。』
『…人間としては?』
不思議なものでも見るような顔つきをして、私の言葉を租借する山崎。
そして、次の言葉が確実に私の口から出ることを待っている。
こうなったら言うしかない。
人の表情と嘘に鋭い彼に、隠し事なんて絶対に出来ないのだから。
『…山崎くん、昔話をしようか。』
top
back
next