月光



★第39話 反省



恋愛に見返りを求めている自分、その存在をしっかりと感じたとき、なんだかとても自分が嫌な女に思えてきた。
私だって、本当は一直線に突き進みたいときだってある。
好きだから好き。
こう素直に表現できたら、どれだけ幸せなことだろう。

もし相手が迷惑だったら?
もし積極的に行動することで逆に嫌われてしまったら?
もし元の関係のままの方が幸せだと感じていたら?

核心のない“もし”だけが、私の心を支配して行く。
あの人良いな、かっこいいな、好きになりそう、でも相手がどうか分からないから一歩踏み出せない。
毎回この繰り返し。
好きな人から好きになってもらったことのない女の悲しい、ううん惨めな性分。

『ホント、馬鹿みたい。』

か細い声で呟いた一言はあっけなく夜の空気に溶けていって、のどの奥の方はしょっぱい辛みを感じてる。
それを紛らわすように一口では収まりそうにない大きさのお饅頭を大胆に頬張れば、
餡子のさっぱりとした甘みが、口の中でいっぱいに広がった。

あぁ、やっぱり美味しいな。


…くそぅ。


ダメだ。
これ以上ここにいると、目から余計な水分がこぼれ出てしまいそうだ。
『よしっ!』
勢いよく立ち上がると、関節がパキパキっと豪快に音を立てる。
『怪我の手当てとか、お茶とか、いろいろ気を遣ってくれてありがとう。本当に助かった。』
できるだけ笑って、早口でまくし立てて、山崎の方へお辞儀する。

そそくさと出て行こうとすると、凛とした声で後ろから制された。

さん、無理しなくていいんだよ?』

心配そうな中に、真実を追究しようと研ぎ澄まされた眼。
そんなにあからさまだったか、と後悔する。
だけど、気付いてもらえて嬉しい、聞いてもらえて嬉しい。
だけど、だけど、知られるわけにはいかないのだ。


『…山崎くん、優しすぎ。そんなに優しくされると、逆に泣いちゃうよ?』
『え?!』

よかった。びっくりしてくれて。

『でもありがとう。山崎くんに話せてよかった。おやすみなさい。』

さっきよりも自然にできた笑顔を見せて、逃げるように部屋を後にした。
視界を潤わせている液体が重力に負けて落ちないように、必死に小さな目を開けて乾燥させた。
あのとき山崎が驚かず真剣な顔をしていたら、私はきっと泣いていたと思う。

心から頼れる人がいない環境。
足場のない不安が渦を巻く。
“助けて”と縋りたい。
本当は泣きついてしまいたい。
“大丈夫だよ”と声をかけて欲しい。
優しく頭を撫でて欲しい。
ぎゅっと抱きしめて欲しい。

だけど、心から頼れる人をつくってはいけない環境。
確実ではない自分の存在。
架空の世界に放り出された自分の存在。
戻れるかもどうかも定かではない自分の行方。
そんな半端な私が、完成した場所に居座ることはできない。


もう弱さは誰にも許せない。
気持ちが揺れ動いてしまう前に、手遅れになる前に、早く帰る方法を見つけよう。


だって私は、こっちの世界の人間じゃないのだから。




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