月光
★第40話 自覚
『副長の世話付き女中…ですか?』
『そうだ。』
『誰が?』
『お前が。』
『冗談でしょう?』
『嘘言ってどうする。』
『反応を楽しむとか?』
『そんな趣味はねぇよ。』
タバコの煙が嫌いな私にお構いなく、土方さんは遠慮なく口から紫煙を吐き出す。
(当たり前だ、彼は私がタバコを嫌いなことを知らないのだから。)
視界がぼやけると同時に、私の思考にも靄がかかりそうだ。
買出しの次の日、料理番女中として一日の仕事を終えた私は副長室に呼ばれた。
相変わらず小奇麗に整頓されている部屋。そして、昇り続ける白濁の煙。
意味が分からない。
第一、また疑われ始めたんじゃないのか?
お妙さんの年齢事件があった後だ。
このことが彼に伝わっていないはずがない。
それなのに、危険人物をわざわざ上の立場の人間のお傍に置くだなんて、どんな神経してるんだ?
『…これは喜ぶべきことでしょうか?』
『さぁな。でもまぁ昇進したんだ。喜ぶべきことじゃねぇの?』
『…ありがとうございます。』
腑に落ちない。
とりあえずお辞儀をすると、重力に負けてサイドの髪がザァッと落ちる。
あぁ、もしかしたら疑いの目があるからこそ、近くで監視する必要があると判断されたのかもしれない。
頭を上げてもなお、私の視界を真っ黒に被う髪を捉えて、
『料理に髪の毛が入ることなんて気にしなくてよくなるから、ヘアゴム無駄になったな』
と外出する根源となった出来事を思い起こす。
『あー、とりあえず顔上げろ。』
すっと伸ばされた手。
それと同時に、右耳に少し重みを感じた。
『似合うじゃねぇか。』
目尻に皺を寄せ、ふっと口元を緩めて笑う。
私の好きな顔だ。
『…?ありがとうございます。』
『お前にやる。年頃なんだ。それくらいつけとけ。』
髪につける手前、とりあえずピンか何かだろう。
それにしては重量がある気がするが。
『とりあえず明日の朝9時ごろ、俺の部屋にまた来い。以上だ。』
『…失礼します。』
すぐにトイレに行って、鏡で確認してみた。
それは小さな蝶々があしらわれた銀色のボディに、小振りのチェーンに琥珀色の球体のついたクリップ式の髪飾りだった。
『かわいい…。』
私のために買ってくれたのかな。
そう考えるだけで、胸がきゅぅんと熱くなった。
あれ、なんだこの痛み。
『え、やだ…。嘘でしょ。』
ありえない。ありえないって。
何漫画の、二次元の世界の男にときめいちゃってんの、私!!!
簡単に人を好きになれない。
確かにそう思う。
“好き”って言われないと、一歩前に踏み出せない。
ずっとそうしてきた。
ううん、そう言い聞かせてきた。
そうしないと、私、本当に心を委ねてしまいそうで…。
ダメだダメだ。
顔をブンブンと振れば、コツンコツンと小さな球体が私の剥き出しの額にヒットする。
『いた。』
なんか野暮ったいな、私…。
おでこをこすりながら、太陽の光を吸って鏡の前で輝く月を見た。
『すごく綺麗…。』
どんな顔をして買ったのだろう。
何を思いながら買ったのだろう。
真剣だとか遊びだとか、そんな駆け引き関係ない。
私、彼のことが好き。
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