月光



★第41話 翌日



認めてしまえば意外と楽なもので、私は片思いを楽しもうと開き直っていた。
自分の単純さに呆れながらも、久しぶりに感じる“恋”の感覚に胸が躍っている。
自他共に認める“非”恋愛体質の自分。
相手がいくら二次元の人間とはいえ、楽しむくらい罰は当たらないはずだ。


午前8時55分。
ここは今日から私の職場となる副長室の前。
背中に向けた大きな窓からは隙間風が入り込んできているのだろうか、首のあたりがひんやりと冷たい。

昨日の買い物でヘアゴムを手に入れた私の髪は、低い位置で一つにまとめられ、捻ってクリップで留めてある。
そのクリップとはもちろん、私の思いを自覚するきっかけとなった琥珀色の満月をつけたアンティークの髪飾りだ。
自室からここまで来る長い道の上で、何度髪型を変えようかと悩んで立ち止まったことか。

つけると『つけてんじゃん。こいつ、俺に気があるんじゃねぇの?』なんて冷やかされるんじゃないかと不安だし、
つけていないと『折角俺が、新入りの女中のためにわざわざ買ったのにつけてないのかよ。』とどやされても嫌だし。

と、こんな葛藤を朝から鏡の前でかれこれ1時間続けていたが、いろんな可能性を考えているうちにだんだん面倒になってきた。
私がもし土方さんの立場だとしたら、きっと私のことを恋愛対象として考えていなくても、ただの親切心で買ってくれたのだとしても、
自分がプレゼントしたものは身につけてほしいと思う。
それならば、つけてしまえばいいじゃないかと気持ちをプラスの方向へと切り替えた。

しかし、いざとなれば構えてしまうのが小心者の証。
どんな顔をして襖を開けようか戸惑っていると、中から何やら騒がしい声が聞こえてくる。

『もういいもんッ!トシなんて知らないッ!!』

なんて可愛いことを言って勢いよく部屋から出てきたのは、なんと近藤さんではないか。
彼氏の浮気を追求する痴話喧嘩を終えた後の、悲劇のヒロインかのように乙女走りで登場した。

ちゃ〜〜〜〜ん!!!トシが冷たいよおぉぉぉぉぉぉー!!!!!俺の話受け流すんだよおぉぉぉぉぉー!!』
『何事ですかっ!?』

欲しいおもちゃを買ってもらえなかった子どもが母親にするように、真っ赤な顔をして腰のあたりに縋り付く。
30手前の大の大人がする行動とは到底思えないが、だんだん感覚が麻痺してきて、近藤さんが本当に小さな少年に見えてきた。
庇護欲が掻き立てられた私は、自分でも驚くほど冷静に対応していた。

『とりあえず泣きやんで下さい。温かいお茶を淹れてきましょう。』

近藤さんの肩をすっと押し、視線を合わせて微笑む。
まさに駄々をこねる子どもをあやす保育士だ。
こんな言葉で大丈夫かなと心配になったが、それは杞憂に終わったようだ。
目の前の近藤さんは幾分か落ち着いたようで、わかったぁと情けない声で返事をした。

おいおい。しっかりしてくれよ、局長。
友達と他愛もない話をする大学生の私や、アルバイト先の生徒と接する塾講師の私ならば、
何の躊躇いもなく、呆れてこう呟くことだろう。
しかし、今ここに存在するのは、銀魂という世界の新選組で働く女中としての私であって、
今私の相手となっているのは私の上司に相当する新選組の立派な局長なのだ。

私たちの様子を土方さんが唖然とした表情で眺めているのが、視界の端に見える。
その姿に気付かないふりをして、流れるような動作で食堂へ急いだ。




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