月光



★第42話 団欒



食堂の真正面から厨房に入るのは気が引けたので、裏庭に面した料理番女中専用の扉からお邪魔する。
朝のピークを終えた厨房は比較的穏やかで、食堂にいる隊士もまばらだ。
忙しい中でも暇を見つけて雑談をしている知り合いの女中さんらに挨拶をする。
私の姿を見つけた途端、面倒を見てくれていたおばちゃん何人かが、好奇の目をして近づいてきた。

ちゃん、あんた土方さんのになったんだって!』

そう言われると、誤解を生みそうなのでちょっと止めてほしいのだが。
どう対処してよいのか分からず、曖昧に頷くことしかできない。
先ほど近藤さんを上手に制することができたのが嘘のようだ。
そんな私の様子などお構いなしに、おばちゃんたちは話をどんどん広げていく。

『あの人はいい人だけど、気の利いた物言いはできないから、いじめられてもう嫌だってなったら、いつでも戻っておいで。』
『そうよ、あんたはよく働いてくれたからね。本当に助かってたんだよ!』

たった一日いなくなっただけで、こんな風に自分の存在を求めてくれる人がいるとは、本当に有難いことである。

『でも、あんたは頑張り屋さんだから、土方さんも楽になるんじゃないかね。』
『そうね、そうね。』
『あ、ありがとうございます。』

今までこれほどまでに充足感を感じたことがあっただろうか。
いや、あるまい。(反語?)
おばちゃんたちは柔和な笑みを浮かべながら、私のたった1月半の料理番としての思い出を振り返る。

ちゃんがここで一生懸命料理番について吸収しようとしている様子は手に取るようにわかったよ。』
『そうそう、こっちも頑張ろうって気持ちになったしね。』
『手もだいぶ荒れてしまっただろう?本当に申し訳ないことをしたと思っているよ。』

自分の居場所となっていた厨房を離れることが、今更ながら名残惜しく感じた。
ここってこんなに温かい場所だったんだなぁ。
ありきたりだが、こう胸が人の心の温かさで満たされるのを感じた。
じんわりと目頭が熱を帯びる。

えへへとはにかんで笑えば、あらやだこの子、涙目になってるわよなんて私を茶化す。
こんなやり取りが、純粋に嬉しかった。


『で、何しに来たんだい?そろそろ勤務の時間だろう?』

あぁ、そうだった。話に華を咲かせていたせいで本来の目的を見失いそうになっていた。

『あ、お茶を淹れに来たんですけど…。』

でもお茶ってどうやって準備するのだろうか。
ただ湯呑に入れたお茶を持っていけばいいのか。
それとも温かさを重視するために電気ポットも一緒に持っていた方がいいのか。


『あら、お茶の準備の仕方も知らずに世話付き女中だなんて、笑わせるわね。』

声のする方に顔を向ければ、細身の小奇麗な女の人が私のことを値踏みするようにまじまじと眺めている。

『よのさん、仕方ないだろう。この子、女中になってからも日が浅いんだから。』
ちゃん、お茶の準備はね、こうするんだよ。』
『あ、すみません。』

小声で気にすることないよと囁いて、
部屋に持っていくべき茶器やお茶の葉の選別、どれが誰の湯呑みかを丁寧に指導してくれる。
よのさんと呼ばれた女性は面白くなさそうに、その一部始終を目視していた。




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