月光
★第43話 幼稚戦争勃発?
一方的に見られるのは癪に障るので、不快に思われない程度によのさんという人物を観察する。
目立たない皺はあるが、元の顔立ちはかなり良い。
失礼かもしれないが、スナックのママといった表現がしっくりくる、女中としては少し派手な印象を受けた。
初対面だが、私のことを好ましく思っていないことは明白だった。
『ありがとうございます。お疲れ様です。』
関わらない方が自分のためにも時間短縮のためにもなるだろうと直感的に感じた。
当たり障りのない態度で、
おばちゃんが手際よくセットしてくれたお湯の入ったポットと急須、湯呑を乗せたお盆を持ってその場から去ろうとする。
そのタイミングを見計らってか、よのさんは妖艶な声で私に問いかけてきた。
『あなた、十四郎さんの世話付き女中になったんですって?』
なぜに名前呼び?
彼女は土方さんと仲の良い人物なのだろうか。
なんだか嫌な予感がする。
が、無視するわけにもいかない。
どんな相手であれ、年上の人は敬わなければなるまい。
これはどの社会でも暗黙の了解だろう。
身体ごときちんと向き直り、できるだけ丁寧な口調で応対する。
『はい、僭越ながら本日より副長の世話付き女中として働かせていただいております。』
『やだ、新入りの女中が一丁前に自慢かしら。』
『そんな、ただ事実を述べただけです。』
すぐさま切り返せば、綺麗にカーブした眉がぴくりと歪むのが分かった。
何となくだが、私の予想に過ぎないが、おそらくこの人は昨日まで土方さんの世話付き女中だったのだろう。
おばちゃんたちは昼ドラを楽しむ主婦のように、次の展開がどうなるか待ち遠しくてしょうがないといった顔をしている。
見世物じゃないんだけどなぁと溜息をつきそうになるのを抑えて、よのさんのターンを待つ。
納得がいかないという悔しそうな表情で、舌打ち交じりに呟いた。
『こんなののどこがいいのかしら。』
あの、聞こえてますよ、独り言。
あぁ、聞こえるように言ってるのか。
これは極めてオーソドックスな嫌がらせだ。
女社会で生きてきた私にとって、このような脅しの一種はもはや演劇の一部のようなものだ。
周りから見れば当事者である私は、傍観者のような感覚で現実を見る。
阿呆らしい。
『あなたが世話付き女中になれたのは、能力でも容姿でも何でもないわ。
ただ若くてもの珍しかったからよ。調子に乗らないようにね。』
味噌汁の鍋の湯気が立ち上る厨房が、一気に凍りつく。
繊細な心のか弱き乙女ならば、瞳を悲しさや悔しさの詰まった透明な雫で潤わせていることだろう。
宣戦布告ですか。
嫌味ですか。
てゆうか、あんた女子中学生ですか。
いろいろ突っ込みたくなる気持ちはあったが、湧き出る怒りを最上級の笑顔に変えて、幼稚な挑戦を受けた。
『はい、せいぜい頑張らせていただきます。』
奇麗にアイラインの引かれた目をこれでもかというくらい見開いて、何も返す言葉のないよのさんを尻目に、
副長室へと向かう扉に手をかけた。
してやったり。
閑散とした誰もいない裏庭で、盆を片手に小さくガッツポーズをした。
そう、まだまだ私も幼稚な女子中学生なのだ。
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