月光
★第44話 お誘い
『雪見、ですか?』
『そうそう!どうだね、ちゃんも参加せんか!』
うん、旨い!
ちょっと濃いめに煎れた緑茶を豪快に啜りながら、満足げに提案する近藤さん。
『楽しそうですね。でもいいんですか?』
『ちゃんがいた方が、隊士が喜ぶんだよ。何せ、ちゃんは新選組の“華”だからね!!』
『ははは、ありがとうございます。』
“華”って柄じゃないんだけどな。
ついさっきの出来事がふと脳裏を過ぎる。
別に自分が出来る女だとか、かわいいとかきれいとか、そんなこと思った試しなど一度もない。
こうやって気にかけてもらえるのも、自分がどこから来たか分からない不思議な女だからだって分かっている。
隊士が話しかけてくれるのも、私が他の女中さんより若いだけだからって知っている。
乾いた声で笑いながらも、騒ぐことが好きな私は密かにワクワクしていた。
こちらに来てからというもの、朝5時起き夜12時就寝の“ど”がつくほどの真面目生活を送ってきたのだ。
ひどくストレスが溜まる仕事なわけではなかったけど、はっちゃけたいときだってある。
そう、今みたいに心に妙な曇りがある時なんかは特に。
『久しぶりにお酒が飲めるッ!』
別に屯所内で酒を飲んではいけないという決まりがあるわけでもないし、
私自身成人しているので疾しいことがあるわけではない。
が、新入りの女中という手前、隊士の方が毎日勤勉に働いている中、
呑気に酒を飲む自分を想像すると罪悪感を覚えた。
この下りからも分かるように、何を隠そう、私は結構酒好きだ。
しかも女の子が好みそうな甘ったるいカクテルなんかじゃなく、焼酎、特に芋焼酎をチビチビ飲むのが大好きなのだ。
ここは男世帯。
きっとたくさんの日本酒や焼酎が並ぶことだろう。
12月の冷たい空気も、お酒によって火照った身体にはきっと気持いいくらいに感じるはずだ。
『…浮かれてんのか?』
『へ?!』
『今日、ずっとニヤけてる。』
ちょっと意地悪な顔をして、口の端を右手の人差し指で持ち上げてみせる。
もっとマシな顔してたはずなんだけどなぁと思いながらも、
無意識の表情というものは当たり前だが他人の方がよくわかっているはずなので、おそらく示された通りの顔をしていたのだろう。
『そうですね、浮かれているかもしれません。』
近藤さんが綺麗に飲み干した湯呑を片しながら、土方さんにもう一杯お茶を煎れる。
『近藤さんもあんたも呑気なもんだな。初雪もまだだっつぅのに、雪見だなんだって確実じゃねぇだろ。』
『でも花見ではなく、雪見を提案するなんて、私は趣深いと思いましたけどね。』
『花見もやるぞ。七夕も花火大会も月見もイベント事は全部する。
あいつらは情緒関係なく、ただ酒を豪快に飲む機会が欲しいだけだ。』
『あら、土方さんは当てはまらないんですか?』
『…。』
私の手から無言で熱い湯呑を受け取り、バツが悪そうな顔をする。
本当は楽しみで仕方がないと思っているくせに。
本当に不器用な人だ。
『楽しみですね。』
純粋にそう思った。
こんなに幸せなことはないと思った。
大好きなお酒を嗜みながら、大好きな人の素の一面を垣間見ることができるのだ。
やはりちょっと熱かったのだろうか、私の言葉を聞いた土方さんの耳や手がほんのり赤くなっている。
『旨いな。』
噛み締めるように呟いたその一言に対し、ただ微笑みを返した。
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