月光
★第49話 いらないプライド
『十四郎さん、どうぞ。』
『アァ、悪いな。』
『お気になさらないでくださいな。』
『…。』
身体の中身が幾分か軽くなり、気分がすっきりした私を迎えたのは、意中の男と面倒な女が仲良く酌を交わし合う現場だった。
あぁ、何でこんなときに限って、私、一人なんだろう。
私をトイレに連れて行ってくれた山崎はと言えば、
男子トイレで私よりもひどい状況に陥ってしまった人たちの介抱を余儀なくされ、足止めをくらう羽目になった。
“手伝おうか?”と申し出たが、あまりにも見せられる光景ではなかったらしい。
“いや、先に行ってて〜。”とこちらに来てほしくない空気を醸し出している山崎と、
“雪見の続きを〜”と奥からも何人かの死にそうな掠れた声が聞こえたので、
図々しくもその言葉に甘えさせてもらおうとその場を去ったのだ。
向こうからしてみても、若い女である私に自分がお酒に呑まれたところなんて見せたくないだろうし。
ちょっとばかし薄情な自分の行動に後悔しつつも、こう解釈することで誤魔化した。
この場も何とか、適当に乗り切りたいものだが。
爽やかになったはずの心持ちが、さっきとは違う不快感へと逆戻りしてしまいそうだ。
『…おぅ。』
『…どうも。』
別に土方さんは悪いことしてるわけじゃないのに、なんか白々しい。
まるで浮気現場を妻に目撃された旦那のようだ。
まぁ確かに、過剰接触してるような気がしなくもなくもないですけど。
今の二人は、よのさんが土方さんの肩に腕に、燃えるような紅い椿模様の細い身体を寄せている状態だ。
『あら、さん。』
この微妙な空気を感じ取っていながらも、知ったこっちゃないといった具合に綺麗に笑って見せる愛人。
あぁ、この顔。かなり楽しんでるな。
『どう?一緒にいかが?』
正直、一緒に飲みたくなんかない。
誰が好き好んで良く思い合っていない恋敵と共に、晩酌を楽しもうというのだ。
心臓に毛の生えている度肝の据わった女か、それともこの空気を微塵も感じない所謂KYな女、
あるいはどんな状況であれ好きな男の傍にいたい独占欲の強い女なら、構ったことではないかもしれない。
だが、何度も言うように、私はただの小心者なのだ。
しかし、明から様に嫌な顔をするわけにもいかない。
不機嫌な顔をした瞬間に、一緒に飲めて羨ましいと純粋に思った、ヤキモチを妬いたことがバレてしまう。
そんな恥ずかしいこと、土方さんにも彼女にも絶対に知られたくない。
私にもそれなりに、プライドというものが存在するのだから。
『いいえ、折角ですがこちらのビール瓶の方の片づけを致しますので。
どうぞお二人でお飲みくださいな。お誘いありがとうございます。』
あー、何強がってんの、私。
素知らぬ顔で彼らに背を向け、別にどうってことない対応をしてみせる。
その後、持ち上げた荷物が意外と重かったことにも、
抜け駆け女と妙に隙のある想い人を二人っきりにしてしまったことにも、
私が後悔したのは言うまでもない。
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