月光



★第54話 再接触



未だ動悸がおさまらぬ心臓を必死に宥める。
もう自分の部屋に帰ってきてから2時間は経ったというのに、全くどれほどまで浸っていたのか。

夢じゃないだろうか。こんな幸せ。
お湯を沸かせそうなくらい熱い頬をつねってみる。
…痛い。夢じゃない。

耳にかかった吐息とか、頬に感じた鼓動とか、背中に置かれた手の熱さとか。
体が、感覚神経が全てを憶えている。
会う度にこんな風に落ち着かなくなってしまうのなら、ある程度会えない期間がある方が、
今の舞い上がっている私にはちょうど良いかもしれない。
そう考えることで寂しさを紛らせて、気持ちの整理をしよう。


PPPP…。

久方ぶりに聞くメールの着信音。
なんでメールが…。ここは圏外で使えないはずなのに。

“新着メール1件”

恐る恐る選択ボタンを押してみると、受信メールが表示された。
メインフォルダに届いたメール。即ち知らないアドレスからの受信。
音楽好きなリスでも、白い喋る犬でも、家族のいるキノコでもない携帯会社からのメール。
おそらく、銀魂界の携帯電話会社のアドレスなのだろう。
本文の内容は至ってシンプルで。

“本日午前2時、部屋の前の中庭にて。”

どういうこと?一体誰が?どうやって?
そして、なんて中途半端な時間!

聞きたいことは山ほどあって、
返信しようと空メールを送信するが、あいにくネットワークに繋がらない。

受け取ることはできるけど、こちらからアクセスはできないわけね。
この世界は私にとっては優しい造りになっていないのだな。
まぁ自分の思い通りに行き過ぎる世界など、ただただ気味が悪いだけだが。


それに、このメールの送り主の心当たりが全くないわけではない。

私が初めて外出した日に出会った、私がこっちの世界の人間ではないと知っている人物。
彼は銀魂で見たことのない男だ。
料理番のおばちゃんや下位の隊士なども知らない顔ばかりだったが、
あんなに目立つ出で立ちな上に怪しい男が、この話に関わってこないわけがないだろう。
あくまで私の女の勘に過ぎないが、あの匂いは危ない気がする。

逢いたいような逢いたくないような、気持ちは複雑に入り組む。
だがメールの要件を破るわけにもいかない。
私には真実を知る権利があるのだから。

さっさとお風呂を済ませ、部屋着にしている薄手の浴衣の上に何枚も羽織を重ねて、
防寒バッチリの格好で、部屋の前の廊下で待つ。
甘い記憶で高鳴っていたあのときとは違って、今は緊張で張り裂けそうなほど痛い。

でもどのようにして現れるのだろう?
新選組の隊士でも女中でも関係者でもない人間が、こんな夜中に簡単に屯所内に侵入できるものなのだろうか。
そうだとしたら、ここの警備にかなりの不安があるんですけど。
うーんうーんとどうでもいいかもしれないことまで、考えて悩む。
ふと頭上に気配を感じて、視線を空に向ける。


『ごきげんよう。』

雪の結晶が散りばめられた深紅の着物に、白い毛糸のマフラー。
あの日、歌舞伎町で会った時とまったく同じ。

『…どうやってここに?』

驚きで顔の筋肉を全く動かすことのできない私に対し、彼はとても美しく微笑んだ。

『また会いましょうと言ったからですよ。』




top

back next