月光
★第55話 駆け引き
『こちらの生活には慣れてきましたか?』
『その質問には、あなたの名前を聞いてから答えさせてもらいます。』
『ふふ、相変わらず強情ですね。まぁいいでしょう。申し遅れました。私は平間軽助と言います。以後おみしきりを。』
『平間さんね。私としては、もう関わり合いたくない気持ちでいっぱいだけど。』
『そんな、悲しいことを言わないでください。私たちの繋がりは、まだまだ先が長いのですから。』
『…どういう意味?』
『まぁまぁまぁ。
ところで、どうです?
そろそろ帰りたくなってきましたか?
それとも、こっちの世界にずっといたいと思うようになってきましたか?』
『…なぜ、そんなことを聞くの?私が帰りたいと言えば、あなたは私にその方法を教えてくれるとでも?』
『あなたが本気ならば、それも可能です。本当に、心の奥底から“帰りたい”と願うのなら、のお話ですが。』
『いちいち、含む言い方をするのね。』
『だって、あなた。今、迷っていらっしゃるでしょう?』
『え?』
『仕事もある程度こなすことでき、周りの人間とも打ち解け、“働く”という充実感を味わえ、
尚且つ、愛する人の近くに居ることのできるこの環境に。』
『…。』
『沈黙は肯定と受け取りますが、よろしいのですか?』
『…そんな、すぐにちゃっちゃと答えられるわけないでしょ?!
…私だっていろいろ、混乱してるのよ。
だいたい、今まで全然会いに来なかった癖に、今更一体何だっていうのよ?』
『おや、それは私へのラブコールだと解釈してもいいのですか?』
『違います。』
『それは残念。』
『あなたが今日、ここに何しに来たかって、その目的が知りたいのよ。』
『あなたにチャンスを与えに来たのです。』
『…どうゆうこと?あなたの考えていることが、さっぱり見えないんだけど。』
『答えに急がない方がいい。限りある時間を有意義に使っていただきたいのです。』
『それじゃあ、私に時間はどれほど残っているのかしら?』
『すべては、あなた次第です。』
『答えになってない。』
『そう言われましても、私にも先が読めないもので。』
『じゃあチャンスって何?』
『先ほども言いましたように、こちらの世界に留まるか、元の世界に戻るか。
その選択権はあなたにあり、前者ならば時間の猶予をあげますという意味ですよ。』
『…そうすることであなたにメリットはあるの?
どうもボランティア精神で生きているようには思えないんだけど。』
『あなたって人は、一体私を何だと思っているのですか。』
『言葉の通りだけど。で、どうなの?』
『まぁ、あなたが留まってくれた方が、私的には有難いですがね。』
『へぇ、じゃあ私がさっさと帰りたいと言ったら?』
『それでいいのですか?と何度も訊き返しますよ。あなたはまだ迷っているのですから。』
『押し問答ね。埒が明かない。』
『不毛なやり取りは私も好みではありません。』
『じゃあ、最後に聞いてもいいかしら?あなたは私の何?私を使って、これから何をするつもりなの?』
『…あなたは私の動向より、自分の身を心配した方が良い。』
『…え?』
『綺麗な髪飾りですね。まるで今宵の月のような。とてもよくお似合いです。』
『何す…!』
『これは預かります。』
『…返してっ!!待って!!』
『また、会いましょう。』
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