月光



★第59話 ―思考に衝撃展開



目が冴えて眠れない。
確実に寝過ぎだ。
こんな夜更けに思考が活発になると、気分がどうしてもマイナスに作用してしまう。

…土方さんは隠している。
平間についても、よのさんに何があったのかも。
私に知られては困る内容なのだろうか。

…分からない。
隠す必要性も、平間の意図も、私がここに来た理由も。
埒が明かないことだと分かってはいても、やはりどうしても考えてしまう。
どんなに幸せでも、安らげても、大好きでも、私がこの世界の人間ではないことを。

『…トイレに行こう。』

わざわざ口に出すこともないのだが、一人っきりだとどうしても増える独り言。
身だしなみを整えるのも面倒で、起き立ての格好で部屋を出る。
私の部屋は孤島のようなものだし、どうせ誰にも会わないだろう。
恋する女としてどうかとは思うが、背に腹はかえられない。
要するにただのずぼらなだけなのだが。

鴬張りのキィキィとなる廊下を一人で歩く。
恋…か。
久しぶりの恋だ。
私、この世界に留まってもいいのだろうか。
愛している人がいるから帰らないなんて、理由が不純な気がする。

大学に通ってプログラミングの勉強をして、
就職のためにマスコミ講座の受講の申し込みをして、
中学受験の男の子に算数と理科を教えて、
サークルで久しぶりに弓も引きたい。
寮の友達とも話したい。
家族にも会いたい。

駄目だ。
今更ながらにホームシックだなんて。
今はこの世界で、この場所で、私ができる最善のことを考えよう。

そうだ、明日はよのさんの部屋に行ってみよう。
行動を起こさなければ、何も解決にはならない。
うん、そうしようと拳を握った瞬間、向かい側から何やら話し声が聞こえてくる。

やばい、こんな気を抜いた格好見せられない!
自分でも信じられないくらい機敏に、近くにあった部屋に滑り込む。
無人でよかった、そして気付かれませんように!
こう祈りながら、2つの若い影が過ぎるのを待つ。

冬の夜に廊下で遊ぶ輩などいるはずもなく、彼らの何気ない会話が実によく響いている。
聞き耳を立てているわけではないが、話の内容はするすると耳に流れ込んでくる。


『いや〜、屯所内で殺人とか参ったよな〜。』
『しっ、あんまり大きい声出すなよ。機密事項なんだからよ。』
『ごめんごめん。でもなんでこんなに内密にことを運ぼうとしてんだ?』
『馬鹿か、お前。仮にもここは警察だぜ?内部での殺人なんざ、世間にバレたら評判悪くなるだろ。』
『確かに〜。』
『さっさと捕まえればいいのにな。』
『なに、犯人の目星ついてんの〜?』
『憶測にすぎないけどな。』
『そっか〜、第一発見者だったもんな〜。』


なるほど、土方さんの言っていた緊急の用はこれか。
確かに、警察内での犯行だなんて民衆に知られたら悪影響だろう。
失礼かもしれないが、ただでさえ新選組信用なさそうだし。

それにしても一体、誰が被害者なのだろう?
顔を合わせたことのある人だったら、お線香くらいあげたい。
でもこの件について知らされていない私が、出しゃばることでもないし。
この流れから分からないかなと、いつの間にかすっかり野次馬気分の私。

『…俺、好きだったけどな〜。』
『気が強い人ではあったけどな。俺も嫌いじゃなかったよ、よのさんのこと。』


…よのさんが、死んだ?




top

back next