月光



★第61話 難題



確かに、生半端な気持ちでできることではない。
だから平間は何度も私に尋ねたのだ。

『本当に、心の奥底から“帰りたい”と願うのなら、』

と。

試しているのだろうか。
“私の死=平間の死”になるというのに。
試されているのだろうか。
この迷っている心が“今(愛している男と一緒にいる時間)”を選ぶのか、
“現実(一人の大学生として歩む時間)”を選ぶのかを。


一晩はあっという間に過ぎゆき、朝日が眩しいほど照っている。
部屋の前に植えられた、まだ新しいワンピースを受け取っていない細く頼りないダケカンバの姿が、襖の隙間から顔を出している。
ただ何をするわけでもなく、ぼんやりと枝の数を数えていると、急に黒い影がそれを隠した。

『おはようございます。』

こんな朝早くに一体誰だと、その顔をまじまじ見れば、
厨房で皿洗いをしていたときに、私の切れた手を見て一言加えた隊士の一人だった。
しばらく見ないうちに精悍な顔つきになったような気がする。

とりあえず布団に入れていた足を出し、上着を羽織って入口付近まで歩く。
さすがに部屋に入れるわけにもいかないので、襖の傍で彼と対面する形で座った。
『どういったご用件でしょうか。』

真相を探るように、ひっそりとその表情を窺う。
太陽の光を背に受ける彼の顔は、あいにく暗くてよく見えなかった。

『率直に言います。自首してください。』

何の事だか分からない。
これがしごく率直な意見で、先が見えないといった表情で私は冷静にこう返した。
怖いくらい、心臓の音は静かだ。

『…どういうことですか?』
『昨日、俺たちの会話、盗み聞きしていましたよね?』
『言い方は悪いけれど、聞こえてはいました。それは申し訳のないことだと思っています。でも、それとこれと一体何の関係があるというのですか。』
『…よのさんを手にかけたのは、あなたでしょう?』
『冗談も程々にしてください。どうして私がそんなことをしなくてはならないのですか。』

何を根拠に犯人扱いされなければならないのか。
疑問符で頭がいっぱいになって不安になるよりも先に、変な言いがかりをつけれられたことによる怒りの方が増してきた。

『まずあなたには動機があります。あなたがよのさんから嫌がらせを受けていた。これにはきちんとした目撃証言があります。』
『私自身、自分はたったそれだけのことで人を手にかける衝動的な人間ではないと思っていますが。』
『俺だって正直、疑いたくなんてありません。けれど、現場には決定的な物証が残されていました。あなたの髪飾りです。』
『え…?』

平間が私から取った髪飾りが、まさかこんな形で使われるなんて。
自分の身を心配したほうが良いというのは、薬を盛られたことではなく、容疑者として疑われることだったのか。


『このままじゃ新選組自体が危ないんです。』
『…新選組が?』

たかだか女中一人が疑われたくらいで、どうして根本が崩れるというのだろう?
私はそんなに影響力の大きい人間ではないはずだが。
深く聞いてもいいものなのだろうか。
余計疑われはしないだろうか。
困惑と動揺で、適切な判断ができなくなってしまっている。

『…副長が退陣の危機にさらされています。あなたの身を庇っているためです。』
『…どうして、そんなこと…。』
『あなたの無実を主張して、組内で孤立している状態です。このままだと、統制を失った新選組は内部から崩れていくだけでしょう。』
『…何で…。』

どうしてそんなに、あの人は優しいの。
私のせいで、私が疑われているせいで、こんな事態が起こってしまったなんて。


『もう一度言います。自首してください。これからの新選組のために…!!!』




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