月光



★第62話 向かう先



途方に暮れるというのは、きっとこの状態のことを言うのであろう。
どうしようどうしようと、生産性のない考えだけがぐるぐるまわる。

ここにいたい、彼の傍にいたい。

本能は迷うことなく今を手にするはずなのに、変に責任感のある私は現実世界への切符を手にしている。

当たり前だが、私がよのさんを手にかけたわけではない。
疑われることに、怒りを覚えているのも確かだ。
でも、犯人として疑われる要素を持っていた私自身にも過失はある。
平間の目的が何なのかなんて、正直どうでもいいと思っていた。
だけど、私だけではなく新選組を陥しいれようとしている現実を知った今、そうも悠長なことを言っていられない。

自分自身の存在が、ここまで迷惑なものになろうとは想像もつかなかった。
そして、寝巻の浴衣を締める紐を握りしめて、まさかそれを首にかける日が来るなんて、もっと考えもしなかった状況だ。
本当に命を絶つわけではないが、やはりあまり好ましいことではない。
いたって正常な精神状態で死のうと意気込んでいるなんて、なんと奇怪な光景だろうか。


だいたい1分以上は強く締めていないと、逝けないと刑事ドラマで視たことがある。
『…人間って、しぶといなぁ。』

そんなに腕の力持つかしら…。
どっかに紐を引っかけるにしても、天井に突っ張りもないし、天井に手が届くほど高い台もないし。
よくドアノブに引っかけてってあるけど、襖に紐を結びつけるための取っ手はないし。
調べようと思っても、インターネットも本もないし。
手っ取り早い方法は、やっぱり自力で締めることかしら…って、
あれ?なんで私こんな真剣に考えてんの?

『…面倒だわ。』

思わず本音が零れてしまった。
でも、怖いとも思う。
たったこの紐1本で、人の命を失うことができるのだ。
この手に馴染む綿の紐でさえ強く締めたなら、簡単にここでの存在を失うことができるのだ。

『人間って案外脆いものなのかもね。』

一見無害に見えるものが、牙を向ければ生命を脅かす凶器になる。
私も端から見ればそうだったのかもしれない。
町を歩けば誰もが振り返るほどの美しさもなく、かといって男顔負けの強さもない、ただの普通の女が、
まさか新選組危機の一番の足枷になろうとは、誰も予想していなかっただろう。

とりあえず、目いっぱい締めてみよう。
それで逝ったら、逝ったときだ。

紐の両端を手に巻きつけて、後ろからかけた紐を喉の前で交差させた。
すぅと一回深呼吸をする。
もしかしたら、この一息がこの世界で吸う最後の空気かもしれない。
本当に死ぬのは、こっちの世界だけなのだろうか。
本当の、私がいた現実世界でも、私の存在は消えてしまわないのだろうか。
振り返っては駄目だと、考えては駄目だと分かっているのに、不安と恐怖だけが私の脳を支配する。

きっと、もっとよく違う方向に考えれば、他に解決策はあるのだと思う。
だけど一刻も早く、私は解放されたいのだ。
自分のせいで大好きな人が迷惑を被るこの現実から。


よし、悩んでも迷っても仕方ない。
変に前向きになって、紐を持つ手にぐっと力を込めた瞬間…




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