月光



★第64話 推測



昔、市民の安全を管理する組織に、一人の男がいた。
その名は、平間軽助。
平間は仕事もできたし、顔もそれなりに良かった。
お金にも女にも困らない生活を送っていた。

平間には好きな女がいた。
彼よりも年下の、何をするにも一生懸命な、真面目で可愛い女だった。
彼女の名は絹里、その組織の新米女中であった。

だけど絹里には他に思い人がいた。
絹里を常に意識し、絹里を常に見つめていた平間には、それが自分ではないことも分かっていたが、どうしても手に入れたいと思った。
汚い手段ではあったが、思い人である男に仲介役になってくれないかと申し出た。
もしその男も絹里のことが好きならば、自分は諦めようと決意して。
だけど、その願いはあっさり受け入れられた。
平間は絹里と、あっさり恋仲になることができたのだ。

絹里を本気で愛していた平間は、彼女の心を解き解すように優しく深く柔らかく語りかけ続けた。
絹里も平間の温かい愛に応えるようになり、2人は周りから見ても良い関係を築くに至ったのだ。

しかし、このうまい話にはもちろん裏があった。
男にとって、平間は邪魔な存在だった。
どんな経緯かはわからないが、おそらく組織にとってマイナスの要因を持っていたのだろう。

そして二人は殺されたのだ、男の手によって。
平間が信じ、絹里が愛した思い人によって、殺されてしまったのだ。

行き場のない怒りや悲しみは浄化することを知らず、平間の魂はいつまでも彷徨い続けた。
平間は忘れることができなかった。
女への熱い思いも、自分に対する思い人の裏切りも。
そう、この事件が思い人に対する復讐の幕開けだった。

平間はどうにかして、組織自体を潰すことを考えた。
ただ男一人を肉体的に壊していくのではつまらない。

人を愛することで得られる幸せを、
思いが通じ合うことにより知ることのできる喜びを、
その絶頂から堕ちていく苦しみを、
苦渋の決断を下さなければならない葛藤を。

その目的達成のために、思い人が属する組織にいたって普通の女を送り込んだ。
絶世の美女が現れたのなら、男顔負けの技術を持ち合わせた女が現れたのなら、きっと周りが囃し立ててしまう。
静かに、残酷に計画を遂行していくには、できるだけ一般的な可もなく不可もない女が良い。
男が恋に落ちるまで、何度だって女を寄越そう。
シナリオが出来上がった舞台の上映に必要なのは、ヒロインだけなのだから。





あくまで私の推測にすぎないが、すべては絹里さんが土方さんに恋に落ちたことから始まったのだと思う。
そして私もよのさんも、絹里さんに恋をした平間の、悲しくも醜い復讐劇に使われたコマでしかなかったのだ。
そして、おそらく平間と絹里さんの2人を手にかけたのは、この件で一番の精神的被害を受けた土方さんに間違いない。
だが、そのことをわざわざ本当かどうかなんて確かめようとも思わないし、それが事実だったとしても私は彼を嫌いにならない。
土方さんを愛して、土方さんに愛された、短くも濃密な幸せな時間が何よりも勝ってしまっているからだ。
それが何人もの犠牲の上に成り立った幸せだと知っていても…。




top

back next